□やさしいこと
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そんな顔して、
辛くないの?
――そう言って優しくしたいけど。
きっと、それじゃダメなんだろう。


『やさしいこと』


――昼休み。
購買でパンを買う途中、同じくパンを買う泉とばったり会った。
「よお栄口」
泉が話しかけてくる。
「…よ」
「何のパンにする?」
「俺、甘いパン」
そのままなんとなく話しながら9組の前まで来てしまった。
そのままなんとなく飯も泉と食べていると、
早弁した後の田島と三橋がパンをたかりにやってきた。

「おいしい?」
「…お、いしい?」
田島と三橋がおんなじセリフでおんなじ顔で
正面の椅子に座る。
…まるで二匹の子犬みたいだ。
つい、おあずけ、待て、といいたくなる。

「…ホラ」
4個入りのミニロールのひとつを、三橋の口に持っていく。
「!」
目を輝かせて、俺が手に持っているパンにぱくつく三橋を見て、
だいぶ人に慣れてきたんだなぁ、と…
まるで本当に犬に対する感想のようだ。

…だってそうだ。
はじめは話しかけても目も合わなかったんだ。
一応話しかけた内容に答えようと、
ごにょごにょ何か言っているけど。
…いつも語尾は曖昧。
逃げるように会話の途中で去っていく三橋を見て、
当初はコッチが嫌われてンのかと思った位。

いつだっけか。
三橋の髪の毛についていた芝を、とってやろうとふと手を伸ばして。
それだけの、なんでもない仕草のつもりだったのに。
三橋は大袈裟に肩、びびらせて、すっと俺の手から逃げたんだ。
あの時は、…ほんとにトモダチになれんのか不安だったな。

「三橋 今日ご機嫌じゃねぇ?」
ふと、泉が言う。
「え?」
俺は反射的に三橋を見る。
すると三橋が、皆の視線が自分に集まったのに驚いて、
パンを含んだ口をモゴモゴさせる。

「…そうかも」
今日は表情、わりと自然な感じだな。
阿部といるときなんてそりゃもう、
不自然きわまりないもんな。
常に泣きそうな顔で、不安そうな顔で、
…必死な顔してる。

「そ、そうかな…」
三橋が照れたような、それでいて泣きそうな顔で笑う。
三橋、なんだか笑うようになったよな。
それを見ると、なんだか嬉しいような、
やたら優しくしたくなるような、変な気持ちになる。
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