□らくがき
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許される、ことがこんなに、嬉しいなんて。
いままで、知らなかったよ。

『らくがき』


「三橋ィ」
名前を呼ばれる。声の先に、水谷君がいるのが見えた。

3時間目と、4時間目の間の休み時間。
今日は一日、ずっと雨だ。
曇り空が憂鬱で、3時間目はずっと机につっぷして眠ってた。

「あ」
水谷君。…珍しいな。
でも、名前、呼ばれて嬉しい。
教室のドアのそば、廊下に立つ水谷君のそばへ駆け寄る。
「…!」
「あのな、わりぃんだけど」
「うん」
なんだろう。悪いことってなんだろう。
「……あのさー、
三橋って、誰にでもそうなの?尻尾振って、こう――
駆け寄ってくる仔犬みたいな…」
「へ」

「何の用なんだよ、水谷」
「泉」
横から泉君が顔を出す。
「お。お目付け役がここにも…っていてぇ!!!」
泉君が水谷君の足を踏む。
「…じゃなくてサ。数学の問題集、持ってる?
次の時間当たるらしいんだけど、家においてきて」
水谷君が手を合わせて頭を下げる。
数学。問題集。
そうか、
「ある!…家に、持って帰ったことない」
おいおい…と半ば呆れたような声で、でも笑いながら、水谷君が呟く。

あ、俺。…この雰囲気、すきだ。
声は呆れてるけど、顔が、笑って。それを見て、泉君もちょっと笑ってて。
…そのなかに、俺がい て。
知らなかった。普通に、こうして話してるだけで楽しいこと。
「ハイ。…これ」
「おう、わり」
問題集を受け取った水谷君が、うわぁ、問題集が新しいーと呟きながら9組へ戻っていく。

へへ。
最近、こんなことが楽しくて。
そんなこと、また「普通だよ」って言われそうで、誰にも話したこと、ないけど。
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