A la carte

□らぶげっちゅ
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リーマンカカシ+ケータイショップ店員サクラ


規定契約期間も過ぎ、ちょうど機器の劣化を感じていたカカシは、買い替え時だろうと契約先である大手携帯電話会社の直営店へ、たまたま早く終わった仕事帰りに立ち寄った。
去年までは主流だった二つ折りの機種に目新しさを感じず、メインにディスプレイされているタッチパネル形式の機種が華やかに並べられているコーナーへ真っ直ぐ進んでいく。
店員に話しかけられるのを苦手としているため、幸いというか、フリーに接客している店員は一人で、他の客を相手にしている。
しばらく気ままに眺めては手に取りを繰り返していたものの、差異や機能がわからず店員に訊こうとカウンターへのウェイティングカードを引いた。
やはり使い慣れた二つ折りかと改めて目を向けるも、周りの大多数はタッチパネル形式を持っている者が多く、たまにメールのファイル容量が大きくて開けないものも増えてきた。
ここは素直に新しいものにしようと方向を決めたところで、ウェイティングナンバーを呼ばれる。

指定された番号のカウンターへ行くと、ずいぶん年若い女の子で、立ち上がった彼女はにこやかにカカシを迎えてくれた。

「いらっしゃいませ、本日はどういったご用件でしょうか?」

カウンターを挟んで向かいの椅子を勧められ、腰を落ち着けたところで「機種変を」と切り出す。
タッチパネル式の方を、と言うと、全種の実機をカカシの前に並べてくれた。
機種会社毎の機能一覧表を広げつつ、カカシの携帯電話の使用頻度、使用機能を一つ一つ聞き出しながら各社の特徴を説明する声は解りやすく適切で、また高い声色にしては心地良く耳に優しく馴染んでいく。
学校を出たばかりの新米お嬢ちゃんかと期待していなかったカカシは、思わぬ出会いに繁忙期で殺伐としていた気分が上昇するのを感じた。
説明の間に彼女を盗み見ると、秀でた額に大きな目許、くるりと上向いた長い睫毛は頬に影を作り、唇は厚くも薄くもないのに健康的にぷくりとふるえている。
それぞれの電話を扱う細い指先を自分の背中に回させてみたいなどと、不埒なことが頭の片隅によぎった。

女性の勧める通りに、自分に合う機種を選んで契約変更の手続きを行う。
カカシが書類に必要事項を記入している間、女性は使っていた携帯電話から新しい機種へとデータの移し変えをしながら、またパソコンへのデータ入力をしている。

「あら、今日お誕生日なんですね。おめでとうございます」

「はは、ありがとう。この歳になるとあんまり言ってもらえないもんでね。嬉しいよ」

「お客様なら周りが放っておかなそうですのに」

「ウチはこの時期忙しくてねぇ。それどころじゃなくなるんだ」

「それじゃあ今日もお疲れですよね。早めに手続きしちゃいましょうね」

「大丈夫、苦じゃないよ」

「恐れ入ります。でははたけ様、こちらのキーに4ケタの暗証番号を‥‥」

おだてつ労う、不快にならない会話を愉しみつつ一通り契約を済ませると、今まで使っていた携帯電話、新しい携帯電話と電池パックが入っていた空箱、取り扱い説明書やその他諸々をショップバッグに詰めた女性は、あ、と一言漏らすと少々お待ち下さいねと店の裏手に回ってしまった。
新しい携帯電話をちょいちょいと軽く弄ってるうちに、女性は戻ってきた。

「本当は、新規ご契約された方のみなんですが、こちらのノベルティ、宜しければお持ち帰り下さい」

「え、いいの?」

マウスパッドやクリアファイル、メモ帳といったそれらは、余分にあっても邪魔になるものでもない。
しかし新規ではない自分にくれるという意図が解らず、つい女性の顔を見返してしまった。

そこには、ほんの少し赤らめた顔で照れくさそうな女の子。

「たいした物じゃありませんが、誕生日プレゼント、ということで。内緒ですよ?」

邪魔になるものでもないそれは、本当にたいした物ではない。
が、たまたま知り得た事を、業務中でありながらも祝おうとしてくれたその女性の心意気は、営業の一環だとしても非常に嬉しいものだった。
そしてわずかに紅潮した顔で内緒だとはにかんだ女性に、カカシの心は揺すぶられた。

久々にやってきた感覚に、彼女と親しくなる方法はないかと思わずじっとノベルティをショップバッグに詰めている彼女の顔を見つめていると、視線に気付いた女性は横髪を耳にかけ、そのまま親指と小指以外の指を折って携帯電話を表した手を耳元に持っていき、ふるふると2、3回揺らした。
ジェスチャーの意味を捉えきれず片眉を上げると、見送りをしようと立ち上がる動作の途中で、女性はカカシに顔を近付けた。

「閉店30分後には終わってますから」

ひそやかに囁かれた言葉も的を得ず、ついにカカシは眉を顰めてしまった。
そんな男に、女性はため息一つ、取り扱い説明書やノベルティが入ったショップバッグを指差す。

ショップバッグの中、一番端に、名刺サイズのカード。
そこには春野サクラと記された名前と携帯番号、メールアドレスが書かれていた。
カカシが女性に視線を戻すと、彼女はすっかり営業スマイルに戻ってしまっていた。

「本日担当させていただきました、春野と申します。本日はご契約ありがとうございました。またのご来店をお待ち致します」

滑らかなマニュアル通りの言葉の前に、見逃してしまうほどに一瞬されたウィンク。
最後の綺麗なお辞儀から顔を上げた女性に、ようやく意図を察したカカシは笑顔で応えた。

「こちらこそ、ありがとう」

来店時より増えた荷物を下げ、カカシは店を出て行った。
次に向かうのはカフェチェーン店。
先程の女性が仕事を終えるまで待つつもりだった。



『お腹、空いてませんか? 良かったらメシ、付き合ってほしいんだけど‥‥‥』


2011.09.15


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