月森蓮

□エルガーの教え
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―――
部員が揃いはじめ、コンマスが指示を出している。

「月森君はオーケストラで演奏したことあるの?」
「幼いころにジュニアオーケストラで少し…」
「へぇ〜そうなんだぁ。なんか難しそうだよね」
自分で経験はないが、ソロ以上に難しいのは間違いないだろう。
「そうだな」
「私もあんな風にできたら楽しいだろうな…」

チューニングのAの音が響くなか、遠くを見るような目で舞台を見つめている。

ヴァイオリンの技術はまだまだ高いとは言えないが、何よりヴァイオリンが好きだという彼女なら、きっとオーケストラでも上手くやっていけるだろう。

チューニングが終わり、学生指揮者が前に出てきた。いよいよ合奏が始まるようだ。


ジャ〜ンジャジャジャン♪
ジャ〜ンジャジャジャン♪

“威風堂々”か…イギリスでは第2の国歌と言われ親しまれている。有名なのはトリオ、いわゆる中間部で、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。

初めて近くで聴くオケ部の演奏は悪くないな、と思い彼女のほうを見てみると、いつもとは違う真剣な顔つきで演奏を聴いている。

「あ、この曲聴いたことある」
トリオに入り、彼女が口を開いた。やはり彼女も聴いたことがあるらしい。

「エルガーの“威風堂々”だ」
「へぇ、“威風堂々”っていうんだ」
と前を向いたまま話し続ける。

「エルガーは愛妻家だったそうだ」
音楽史で勉強したばかりだったので、彼の情報が次々と頭に浮かんでくる。

「『私の成し遂げた仕事は妻によるものが大きい』、『私の作品を愛するのなら、まず妻に感謝すべきだ』といった言葉を残していて、「愛のあいさつ」も妻のために書かれたそうだ」

前を向いていた彼女が「愛のあいさつ」という言葉に反応しこちらを見ているのが横目にもわかる。

「『愛のあいさつ』も…」

そう…ふたりの想いがかようことになった大切な曲である。

「よっぽど奥さんのことが好きだったんだね。なんか素敵だな…」

音楽史の授業中、俺も全く同じことを考えていた。今までならそんなことを思うはずがなかった。愛妻家だった作曲家はエルガーの他にもたくさんいる。しかし、彼女無しでは今の自分がなかったと言い切るエルガーを尊敬したのだ。彼女無しでは…という気持ちがよくわかったから。
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