金澤紘人
□気になる瞬間
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放課後。
練習室の見回り当番の俺は、予約の紙に書いてある名前と部屋の使用人と確認しながら歩いている。
今までなら、音楽科の奴等ばかりで生め尽くされていた練習室だが、今度ばかりは違う。数年に1回行われる学内コンクールに、普通科の生徒が参加することになった。
そのことに初めは驚いた。
そして演奏を聞いて更に驚いた…。
「月森か…」
ドアについている細長い窓から部屋を覗き、確認する。
月森は上手い。技術的にも表現力的にも他の生徒を圧倒している。だが俺が言うのもなんだが、それ以上の壁をまだ越えられていない気がする。
「ここはよしっ、と…」
さて、問題は次だな。
「日野香穂子……」
普通科から学内コンクールに参加することになった女生徒。音楽科の担当の俺は、このことがなければ知ることもなかったであろう、どこにでもいる女子高生だ。
あのちまっこいやつ、何か企んでるな…。
普通科からの参加など、過去に例はない。だからあいつの仕業だとすぐにわかった。そう言って信じるやつは少ないだろうが。
トントン
「はーい」
中にいた日野がノックに気付きドアを開ける。
「金澤先生」
「よっ」
参加が決まってからほぼ毎日練習室に来ている日野とは、会うと何かしら話をするようになっていた。
「調子はどうだ?」
「どうもこうもないですよ…」
はぁ…と深い溜め息をついた日野は、中に入ってください、と俺を部屋へと招きいれた。そして練習室に入った俺は、ピアノのイスに腰掛ける。
「で?どうした」
こんな会話ももう何回目だろうか。
放課後、こうして話をすることが見回り当番の時は欠かせないイベントになっているから。
「このフレーズが上手く弾けなくて…」
音楽教師ではあるが、ヴァイオリン専攻ではないため、運指のことはよくわからないが、曲の解釈についてはアドバイスできる。
「ちょっと弾いてみろ」
はい、と返事をして楽器を構える。そして普通科の制服を着た日野の腕が動き、ヴァイオリンを奏ではじめる。