佐伯瑛

□お得な残業
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「ありがとうございました!」
今日最後の客が帰っていく。

「今日も一日、お疲れ様」
じいちゃんが声を掛けると

「お疲れ様でした〜」
と、疲れを感じさせない明るい声であいつは答えた。

「佐伯君もお疲れ様」

カウンターで洗い物をしている俺にも明るい声をかけてきた。

「…お疲れ」

ふふ、と笑い店の掃除をはじめた。

一日働いて疲れているはずなのに、なんであんなに元気でいられるのかわからない。

「瑛、今日も家まで送ってやんなさい」

言われなくてもそうするつもりだったが、指摘されるとつい反発してしまうのが俺の性分だ。

「えー、めんどくさいな」

そんなことは全く思っていないのに、いつも反対のことを言ってしまう。

「そう言わずに」

「はぁ…しょうがないなぁ」

この性格、自分でもどうにかならないものかとたまに思う。

相変わらず掃除を続けているあいつをちらっとみた。
別にスタイルが抜群だとか、成績優秀だとか、そんなんじゃない、ごく普通の高校生だ。

…けど、なんか気になってしまう。

机の下をほうきで掃いているあいつは、何かを見つけたようだ。

「マスター、机の下にカギが落ちてました」

「おやおや、落とし物かね」

俺のところからはよく見えないが、たぶん家のカギだろう。
じいちゃんがカギを受け取った。

「きっとカギが無くて困ってますよね…」

自分のことのように、落とし主の心配をしている。
こいつにはそんな優しいところもあるのだ。

うーん…
とうなり、少し間があいてあいつは話し始めた。

「マスター、お願いがあるんですけど…」
「なんですか?」

あいつがじいちゃんに何かをお願いするなんて珍しいな。

「もう少し、お店にいてもいいですか?もしかしたら落とし主が取りに来るかも知れないので、待っていたいんです!」

余計な心配しやがって。

そう思ったが、あいつがじいちゃんに聞いたことだ。俺はどうこう言える立場じゃない。

「そうですねぇ……」
じいちゃんはどうしたものか、と考えている。

「それじゃあ、あと1時間だけ待ってみましょうか」

じいちゃんの決断に内心嬉しく思っている俺がいた。

「ホントですか?ありがとうございます!」

明るい声は客がいなくなった店内に響きわたる
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