短編、お題、貰い物、捧げ物

□好きだから仕方ない
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 抑えていた苛立ちや感情を吐き出したら自分が馬鹿みたいで急に恥ずかしくなってきた。やってしまった! と思って奴を見上げれば「あぁ、すまないな」とフッと笑われた。あぁ駄目だ、私はこの顔を見るととんでもなく腹が立つのだ。しかしその「腹が立つ」の後には「けど」とか「でも」がついて、結局「好き」に繋がる訳である。あぁ、むかむかする、腹が立つ。だけど、だけど、だけど。



 現在日曜日の夕方。私は今非常に怒っていて、それ故にやけ食いに走っている。どうしてこんなことになっているかを説明するとなると非常に長くなるのだが、端的に話してしまうには気がひける。私にとってこの事情は簡単に説明してしまっていいようなものではないのだ。
 私は久々の休みを満喫した昼を越えると夕方が暇で暇でどうしようもなくなり、それ故にある人物に電話をかけた。言おうと思っていた言葉はこうだ。「今からちょっと付き合ってよ」。しかしそれは未遂に終わった。いつもなら五、六回で電話に出るやつが今回は随分と時間をかけてでた。そして「あぁ、なんだ」と電話に出た奴の声は掠れ、そして鼻をずずっ、とすすっていた。いわゆる“涙声”というやつだ。私が泣いてるのと聞けば奴は「あぁ」とやはり鼻をすすりながら返答。奴が家にいることを確認すると私は「待ってて!」と言って電話を切り自宅から飛び出した。

 そして私はやけ食いしているのである。……結局理由がわからない? あぁ、そういえば肝心な所がいくつも抜けている気がしないでもない。

 その後私は電話で伝えた通り奴の家に走った。しかも普段チャリで四十分かかるところを二十分で猛ダッシュだ。あまりの速さに残像が残ってたかもしれないというくらいのハイスピードで坂道を下り、信号は数箇所見なかったことにして時々野良猫をひきそうになりながら奴が一人暮らしをしているアパートへ息を切らしながら走って駆けのぼった。冷静になった今では電車で行けばよかったと気が付き後悔している。何故そこまで必死だったのかって? そう聞かれたら……あぁそう、あれだ。……もういいじゃない、聞かないで恥ずかしいでしょ。

 まぁその話はおいといて。

 奴が泣いていると思って走って行ったのにこの様だ。どんなって? 確かに奴は泣いてましたよええ。目を真っ赤にして鼻をすすりながら目をごしごし拭ってましたとも。しかし「早かったな」と言って出迎えてくれた奴はエプロン姿じゃないか。家の中からは良い匂いがするし足元を見てみれば靴が山積みだ。当然私の頭は疑問符で埋め尽くされた。それで「そこにいるのもなんだから入れ」と言われるがままに奥に進めばそこには見知ったオールスター達が机を囲んで勢揃いだった。私の口はあんぐりであった。それから私は目の前にあるシチュー、肉じゃが、カレー、ハンバーグを手当たり次第やけ食いしている。

 これらの献立を見てわかってくれただろうか。奴が泣いていた理由。それは玉葱の切りすぎである。

 くだらない。実にくだらない。話によれば「久しぶりにカインの手料理が食べたい」とカイン宅を訪れたセシルとローザがハンバーグとシチューを要望し、たまたま二人がカインの家に入って行くのを見かけたエッジとリディアが押し入り「カレーが食べたい」と駄々をこね、電話をかけてきたゴルベーザは「今日は肉じゃがが食べたいかもしれん」と示唆(と書いてメイレイと読む)をし、私がやってきて、今に至る訳である。
 そして「さぁ、これで最後だ」と目の前に出されたのはセシルとローザが追加注文したカルパッチョとマリネ。皿を差し出したカインの手からは玉葱の匂いがした。臭い。セシルは「ありがとう!」と皿を受け取りローザはそれぞれの料理を絶賛し、エッジとリディアはカレーにはらっきょうか福神漬けかで言い争いをし、ゴルベーザは「我が家の夕飯に分けて貰おう。あいつらも喜ぶ」と持参したタッパー各種に沢山詰め込んでいる。奴――カインを見てみれば「皆それを食ったらさっさと帰ってくれ」とティッシュで涙を拭っていた。そんな様子を見ていると色々と頭にきたから横っ面に右ストレートをかましてやった。疼くまるカインを気にすることなく私は出された料理を食べる。至る所から食べ過ぎだとか俺の分まで食うな、などと聞こえたが聞こえないふりをした。あぁ、一体何のために私は必死になっていたのか。心配して損をした。
 私は箸と口を動かし続ける。私は今怒っているのである。


* * * * * *

 あれからこいつはゴルベーザから食料代と駄賃(人件費と言っていたが割に合わないくらい高い。二流料理店でならフルコースを頼めそうな金額だ)をありったけせびり倒し、そして皆を帰した。山ほど出た洗いものの皿拭きを私は頼まれたわけでもないのに何故か手伝っている。
 隣で皿を洗っている奴は私を見てたまにうっすら笑みを浮かべている。気持ちが悪かったからなによ、とがんを飛ばしたらいつもみたいにフッ、と笑われた。なによ、ともう一度言えば「心配させて悪かったな」と微笑まれたもんだからさっきまでとは違う意味で顔に血が昇ってきた。なんだなんだ、私は怒っているんだから、照れてなんかない! 誰にでもいいようにこき使われてさ、私はあんたが泣いてると思ってすっごく心配したのに!

 抑えていた苛立ちや感情を吐き出したら自分が馬鹿みたいで急に恥ずかしくなってきた。やってしまった! と思って奴を見上げれば「あぁ、すまないな」とフッて微笑まれた。あぁ駄目だ、私はこの顔を見るととんでもなく腹が立つのだ。しかしその「腹が立つ」の後には「けど」とか「でも」がついて、結局「好き」に繋がる訳である。あぁ、むかむかする、腹が立つ。だけど、だけど、だけど。

 洗いものが終わると外はもう暗くなっていた。カインが「泊まってくか?」と意地悪い笑みを浮かべて言ってきたがその余裕っぽい態度に酷く腹が立ったから「玉葱臭いから嫌」と言えばカインは眉間に皺を寄せて「十五個も切ったから簡単には匂いはとれない」とため息をついた。十五個とは頑張ったものだ。涙も出るはずである。

 私は携帯を弄り一枚の画像を見せてやった。彼はそれを見て硬直。思考回路が停止したのだろう。その液晶にはエプロン姿で涙を拭っているなんともまぁ可愛い可愛い私の恋人がいるのである。私は言ってやった。「これ、ベイガンおじさんとゴルベーザん所のバルバリシア達に送っといたから」
 何やら喚いて追いかけてくるカインの鼻先で私はアパートの戸を閉め階段を降りる。私は自転車に乗って自宅へと向かう。

 先程の話は当然嘘である。カインのあんな姿を他の誰かに見せてなんてやらない。誰にも送らないで私だけで楽しむ。自転車に乗りながら早速待受に設定をした。可愛い。実に気分がいい。風にのって私の手からも洗剤のいい匂いとゴミ処理の時についた玉葱臭い匂いがして、そしたらあのフッ、と笑う彼の姿が頭を過ぎった。あの表情はなによりも腹が立つ。何よりも腹が立つが。だけど、だけど、だけど。


好きだから仕方ない


 後日聞いた話によるとあの後彼はバルバリシアに急いで電話をかけて弁解しようとしたらしい。当然なんのことかわからないバルバリシアは彼からその話を聞き出し、さらに彼女達四人の横でゴルベーザの解説も加わり一家は爆笑の渦が起きたらしい。ゴルベーザ一家との電話越しで苦渋に顔を歪める彼の姿が簡単に想像がついて私は笑った。

 ちなみに今私がどこにいるって? 今はカインの家にいるよ。もう夜遅いけどね。今の話もカインから聞いたんだよ。え、そこの鞄いつものより大きいねって? 理由? ……あぁ、恥ずかしいから聞かないで、想像に任せるけど。とにかく言えるのは今日は彼の手は玉葱臭くないということくらい。

 前に玉葱臭いから嫌だって断ったのは嘘だよ。怒ってたからあぁ言って突っぱねただけなんだからね。別に私はあんたが玉葱臭くたって……あー……好き、だよ。なんか照れ臭いねこういうの。
 私がそう言ったら彼は隣でまたフッと笑った。私の肩を抱き寄せる彼の手は玉葱臭くはなかったが私よりもずっとずっと大きくてごつごつしていた。

 そう、今みたいに私がたまに素直になると彼が笑うから嫌なのだ。実に愉快そうに楽しそうに嬉しそうに笑うあの顔にとても腹立つのだ。なんだか小馬鹿にされてるみたいですごく悔しいのだ。だけど、だけど、だけど――

 肩を抱き寄せられた私は彼の肩に頭を置く。今はなんだか気分がいい。


(好きだから仕方ない//20091027)
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風見星さんへ、感謝の気持ちを込めて
logic まひるより

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