秘密の部屋

□月ノ姫
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「…お前…は…?」
息がうまく出来ない。
あれは、夢だ。確かに夢だったはずだ。
「昨日はどうも。」
そう言って笑う少年は、夢の中の惨殺死体と全く同じ顔をしていた。
「…昨日?…一体なんの事だ?…お前とは今日が初対面のはずだ。」
「何言ってるの、昨日の昼間、僕の事をバラバラにしたのは君でしょ。」
何でもないことのように言って、少年は笑った。
「………」
やめてくれ。なんなんだ、これは。
一体何がどうなっているんだ。
あれは現実だったのか?
あれは夢だったのか?
何でこいつは俺を知っていて、白昼堂々俺の前に現れて平然と笑ってるんだ?
…狂ってる。
「あ、ねぇ、ちょっと!」
訳が解らず、俺は一目散に逃げた。振り返りもせず必死に。
死んだはずの少年から。
あり得ない現実から。
必死に走りながら、夢なら早く覚めてくれと願った。



「…若林、何だよ、食わねーのか?」
「食欲が無くてな。」
学校の昼休み。石崎と森崎といういつものメンツで学食のテーブルについたものの、何も喉を通る気がしなかった。
昨夜と今朝の事が頭から離れない。
あれは本当に夢だったのか。
一体どこからが現実なのか。
「また貧血か?」
「いや。」
「分かりますよ、若林さん。巷を騒がしてる連続殺人事件の事を考えると、俺も食欲がなくて…。なんかうちの近所のマンションでも犠牲者が、それも俺達と同じくらいの少年の死体が発見されたらしくて、俺もう怖くて。」
…少年の、死体。
まさか、それはもしかして、昨日俺が。バラバラにした。
「森崎、それって…」
「ここ、いいかな?」
顔を上げると、整った顔立ちの男がカレーライスを載せた盆を持って立っている。
「ああ。」
「どうぞ。」
石崎と森崎が同時に返事をした。
「ありがとう。」
「…ああ、そういや、例のグラウンドの件は?」
「うん。なんとかなりそうだよ。」
そのまま普通に会話を始めた三人に、俺は酷く戸惑う。
「…若林くん? どうしたんだい?」
「……いや、…お前誰だ?」
三人が驚いた顔で一斉に俺を見た。
「…え?」
「若林さん?」
「何言ってんだ、若林?」
何だよ、俺を非難するようなその目は。
「……若林くん、まさかとは思うけど、僕の顔を見忘れたのかい?」
男は溜め息混じりに言って、きつい瞳で俺を睨みつける。
その視線で思い出した。ああ、そうだ。
「…なんだ三杉か。」
「そうだよ。今日は朝からぼーっとして変だなと思っていたら、まさかここまで酷いとはね。」
「悪かったな。」
昨日から色々あったんだよ。
「三杉、若林さんは疲れてるんだよ。ほんと早く連続殺人犯を捕まえてほしいよ。身体中の血を抜かれて死ぬなんて、ゾッとする。」
……血を抜かれて?
「…お、おい、ちょっと待て。それって外傷は?」
切られたわけじゃないのか?
「若林さん、知らないんですか? 連続殺人事件の死因は全部同じ、ほとんど外傷のない完全失血死なんですよ。」
「ニュース見ろよ。マジで吸血鬼か何かの仕業じゃねぇのかって、みんな噂してるぜ。」
「森崎、お前の近所の…その少年の死体もか?」
「はい。それで死後三日経ってたらしくて。」
「………そう、か。」
…死後三日なら、少なくとも俺とは関係がない。
そう考えて、少しだけ安堵した。



「ところで、なんで森崎くんは若林くんに対して敬語なんだい?」
学校からの帰り道。
いつものように四人でだらだらと喋りながら帰る。
「んー。なんか子供の頃から自然に。若林さんは昔から俺の憧れだし、命の恩人だし。」
「命の恩人?」
「ん? 俺そんな事したか?」
「しましたよ。冬の寒い日に、体育用具室にうっかり閉じ込められて出られなくなった俺達二人を助けてくれました。」
「…ああ。そういや。」
昔そんな事もあったな。
「あれな。今じゃあ笑い話だけどよ、誰も助けに来てくれなくて、二人で凍死するかと思ったよな、あん時は。」
「そうですよ。若林さんが“大丈夫か?”って、ドアを開けてくれた時は、一生この人についていくって俺は心に誓いました。」
「確かにヒーローに見えたよな、…あん時だけは。」
「森崎は大袈裟だな。あの時は俺がたまたま通りかかっただけだ。」
「いえ、若林さんは普段は貧血で倒れてばっかりですが、いざという時は凄く頼りになるんです。俺がピンチになったら、きっと助けに来てくれる、そんな人なんです。…ね、そうですよね、若林さん?」
「……あ、まあ、俺に出来る事ならな。」
「へえ。そうなんだ。じゃあ僕がピンチの時も助けてもらおうかな。」
「……お前がピンチに陥ってる姿が想像できねぇよ、三杉。」
石崎の言葉に、そうだよねぇと三杉も笑う。
「あ、じゃあ俺はここで。」
交差点で森崎が立ち止まる。
「何だよ森崎、これから皆でラーメンでも食いに行こうぜ?」
「今夜は家族で外食なんです。ホテルセンチュリーの豪華食べ放題。」
「くっそー! 自慢かよ!お前食欲ないんだろ。俺が代わりに」
「あはは。じゃあ、また明日!」



当たり前の日常。
ラーメンで満腹になって皆と別れた後、あっけなくそれは破られた。
「ねえ。」
背後からの呼びかけに、思わず足が止まる。
「今朝はどうして僕から逃げたの?」
あの時の少年の声だった。
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