宝物小説(戴き物小説)4

□春の風
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「先生、起きて下さい」
可愛い声で目覚める朝は格別だ。実は岬が来てから、俺は目覚ましをセットしていない。
「おはよう、岬」
「おはようございます」
岬は俺の家に来てからも、当たり前のように「先生」と呼ぶ。他に適当な呼び方がないから、らしいが、岬に恥ずかしそうに先生、と呼ばれるのは、俺自身気に入っている。
「今日から中学だな」
「はい」
岬は今日から中学に通う。俺の家からだと、歩いて5分くらいで、小学校までの途上にある。俺の出勤の方が時間が早いのだが、岬は一緒に行きたいと言った。
「すぐ着くのに」
「だって、先生と一緒に行きたいんです」
見送る家の者に二人で手を振った。手こそ繋がないものの、並んで歩く。特に何を話すでもないが、こうして二人で歩くことが愉快に思えた。何より、桜並木の下で見る岬に、目を奪われる。…まるで、桜の精だ。つい見とれていると、岬は顔を上げた。
「…ここでお別れなんですね」
ブレザー姿の岬が呟く。卒業式から一月経っていないのに、随分と大人びて見える。
「また家に帰ったら会えるだろ?」
俺を見上げる岬の目は、まるで潤んでいるように見える。…光の加減だと思うことにした。そう思わないと、抱きしめたくなってしまう。
「じゃあ、行ってきます」
手を振る岬の背中が遠ざかる。細い背中がほんの少し淋しげに見えた。…たまらなくなって、声をかける。
「早く帰って来いよ」
「はいっ!」
こちらを振り返り、嬉しそうに微笑む岬の髪が、春風でまた揺れた。



(おわり)
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