宝物小説(戴き物小説)4

□大好きな君へ
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爽やかな5月の風が、上気した頬をかすめていく――。
それがとても心地よくて、岬は芝の上にゴロンと転がって目を閉じた。
辺りに転がる数本のペットボトルと、無数に散らばるサッカーボール。
額を濡らす汗。
張り付いたシャツ。
黄金の左足に巻き付いたままの白いサポーター。
無人のゴール。
たった一人だけの練習。
それでも――。
今、この時が嬉しくてたまらなかった。

ワールドユースが終わってから長期入院とリハビリを言い渡された岬に、主治医である芝崎はボールを使ったリハビリと練習を一向に許可しなかった。
怪我していない右足でさえボールに触ることを禁じられていたので、岬はサッカーに飢えに飢えていたのだ。
その芝崎からフリーキック練習の許可が下りた今日、高揚感を抑えられないままつい先程まで、富士スポーツ研究所に隣接するこのグラウンドでひとりボールを蹴っていたのだった。


真夏ほどぎらぎらしていない太陽は、まぶしいけれどどこか優しくて、まるで自分を歓迎するかのように柔らかく照りつけている。
久しぶりに…本当に久しぶりに味わう芝の匂い、芝の感触。
そっと空気を吸い込むと、自然と笑みがこぼれた。
体中が記憶していたこの感触を取り戻したいと、どれだけ切望してきたことだろう。

やっと、やっとここまでボクは戻ってきた――そんな思いをかみしめながら目を開けて、岬はゆっくりと起き上がった。

タオルで汗を拭いながら、フェンスの一角に掲げられた時計に目をやると、上を向いていた長針はもう下を通り過ぎ、また上へ向かおうとしていた。


『今日からキック練習を始めてもいいだろう。ただし30分だけ。いいね?岬くん。今日は軽く慣らす程度に30分だけだ。』


今朝の回診で芝崎からそう言われたことを思い出し、急に現実へと引き戻された岬は、しまったと言って立ち上がると、すっかり空になったボールかごを引いて片付け始める。


ワールドユース大会優勝から実に半年、地道で孤独なリハビリを続けてきた中で迎えた今日という日。
その表情は、水を得た魚のように生き生きとしていた――。
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