宝物小説(戴き物小説)4

□ハンブルグ、14時20分
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「何かさ…いいね、こういうのって。」

何でもない昼下がり。
柔らかな光が差し込む部屋。
優しい風に揺れる白いレースのカーテン。
コーヒーメーカーが奏でるコポコポという音とともに部屋中に広がっていく香り――

ベージュ色のソファーに身を沈めた岬は、読めないサッカー雑誌をめくりながら伏し目がちに微笑んでそう呟いた。
ドイツの若林の家へは、今回で2度目の訪問になる。


「ん?岬、今何か言ったか?」

奥のキッチンでカップを用意している若林が、体を横にスライドさせてリビング側へと顔を出した。

「あ、ううん別に。ちょっと独り言。何でもない。」

大したことじゃないんだ、岬はそう言って慌てて首を横に振った。
思わずフッと口にした言葉だっただけに、改めてもう一度言うのは照れくさいというか、気恥ずかしい様な気がして苦笑う。

「ホントか?俺さ、そうやって『何でもない』って言われるとすっげぇ気になる方なんだよなー。」

なぁ何だよ、と言いながら両手にカップを持ちリビングへと歩み寄る。

「ありがとう。」

いい香りだね、そう言って岬は手元にあった雑誌を閉じ、若林から手渡されたカップを一つ受け取った。
部屋に漂っている物よりも更に香ばしいコーヒーの香りが、2人を包んでいく。



「何かいいねって言ったんだよ。」
「いいって…何が。」

オレがか?と自分を指差し茶化す若林の反応に、違うよと苦笑して、岬はコーヒーをひとくち含んだ。

「波長…かな。」
「波長??なぁ岬、さっぱり分からないんだが、もう少し俺にも分かるように説明してくれないか?」

若林は目を丸くして相手の顔を覗き見る。

「ずっと前から仲が良かったって訳でもないキミの家でさ、こうしてただぼんやりとしているだけなのに、まるで自分の家にいるみたいに居心地が良いのはキミとの波長が合うからなのかなあ……と、思ってさ。」
「波長。…波長、かぁ。」

そんな風に考えた事さえ無かった若林は、岬と垂直に隣り合う位置へ座ったソファーの肘掛けで頬杖をつきながら、コーヒーの入ったマグカップをテーブルに置いて、んーと唸り始めた。

波長…岬が言う波長とは一体何だろうか。
確かに、南葛にいる頃の自分達は特別仲がいい間柄ではなかったと若林も思う。
無視していたとか空気みたいな存在だったとか、そんな事ではない。
あの頃は自分が怪我していたこともあって練習も別メニューが多かったし、チームメイトではあったがライバルでもある翼と、正真正銘のライバル日向小次郎に勝つ事それだけが彼のサッカーの全てだった。
その頃から抜群に上手かった岬だったけれど、どちらかといえば控え目でおとなしい性格が災いしてか否か、若林にとってはチームメイトの一員、当初岬はそんな位置づけだった。
岬と2人きりで話した記憶がほとんど無いのも、岬の側にはいつも翼や石崎がいたからであり、決まってべらべらと話す2人の横で嬉しそうに微笑って聞いているのが岬だったから。
それに実のところを言うと、若林にとって岬は少々苦手なタイプの奴でもあった。
岬ほど上手い奴なら、練習レベルから俺が俺がと前へ出てくるのが普通なのに、コイツにはそれがない。
覇気がないのかと思えばとんでもなく冷静だったり、ガキっぽい外見なのにひどく大人びていたりと、若林には理解不能な点が多々ある奴だった。
自分は単細胞であると自負していた彼にとって、雲を掴むような人物は苦手なタイプのストレートど真ん中。
だから若林は岬をチームメートの一員、そう位置づけていたというのが真相らしかった。
そう。
あの日、あの時までは――。
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