宝物小説(戴き物小説)4

□卒業式
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「あれ、その髪飾り…」
大空翼の言葉に、岬はにっこり微笑んだ。
「そう、人魚姫の。森崎くんに借りたんだよ」
文化祭のクラス劇で人魚姫を演じた。それ以来、陰では人魚姫と呼ばれている岬である。
「付けて行くの?」
「うん」
人魚姫の気分だから、とは言えずに岬は目を伏せた。岬には好きな相手がいる。ずっと好きで、半年前に告白した。
 良い答えはもらえなかったものの、半年待って欲しいという返事だった。だが、今年の元旦に、突然突き放された。
 その相手が岬の担任であり、クラブの顧問であるため、顔を合わさずには済まない。しかし、若林先生は自分を避けている、と岬は感じていた。

 半年の期限も今日終わる。おそらく良い答えはもらえないことは元旦に思い知った。今日僕の気持ちは海の泡になる。でも、海の泡になるのは、消えることと同じではない。辛いけど、その気持ちはいらないと言われるのなら、自分から捨て去るつもりでいた。そして岬は、森崎に髪飾りを借りた。
「やっぱり似合ってるよ」
「ありがとう、翼くん」
髪飾りを付けた岬は本当に人魚姫のようだと翼は思った。儚くて、きれいで、今にも消えそうに危うい幻の生き物。

 式が終わって、お別れ会の後、家に来て欲しい、と岬は手紙を書いていた。数日前の日直日誌に挟んだから、若林先生の手に渡っているのは確実だった。
 あの元旦まで、何があっても自分の気持ちは変わらない、と岬は思っていた。だが、自分の想いが先生の迷惑になるかも知れないと知ったことは、岬に想いを封印する決意をさせた。
 それなのに。
 巣立ちの歌を歌う。歌詞がさらば先生、の部分に及ぶと、涙が吹き出してきた。送り出す担任として、若林は普段と違うスーツ姿で見守っている。
 これで、先生と生徒としての繋がりまでがなくなってしまう。そう思うと、涙は止まりそうにない。

 白い頬をばら色に染め、前を向いている岬を、若林先生は静かに見守っていた。教員の列に連なり、愛しい相手を見つめる。ずっと好きだった。優しく可愛い生徒は、この二年間若林の心を捕らえて離さなかった。クラブでのお弁当交換、クリスマス、バレンタイン、誕生日、運動会、文化祭、ずっと岬を見てきた。どんどんきれいになっていく姿を追ってきた。
 半年前に、岬に告白された。自分の生徒に好きだとは言えず、断って傷つけることもできずに、半年待って欲しい、と頼んだ。
 今日がその期限。岬が自分の生徒でなくなれば、想いを告げることは許されるはずだった。
 だが、元旦に岬の部屋に泊まった時に、若林が見たのは、岬を襲う自分の夢だった。岬を押さえ付け、何度も口付けて自分のものにする夢に、恐ろしくて仕方がなくなった。岬を自分の側においておいてはいけない、と思った。

 今日の仕事が終わったら、岬の家に行く。もう自分のことは忘れるように話すつもりだった。そして、今日で見納めになる岬の姿を目に焼き付けようとする。
 他の生徒の合間から見える岬は、静かに涙を流していた。せめてその涙を拭ってやれたら、と若林は思った。自分にはその資格がないとは分かっていても。
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