宝物小説(戴き物小説)4

□譲れない、願い
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ゴールキーパーは自軍のゴールを守るのが最大の役目だ。
自分の立つこの位置が最後の砦。
相手からの侵入を防ぐ為に最後尾から試合展開を見守りつつ、仲間に指示を出したり場合によっては攻撃にも参加する。
どのプレーヤーよりもフィールド全体を掌握出来るうえ、常に冷静沈着を求められる為、必然的に洞察力・観察力が優れてくるポジションだ。
仲間の姿を後ろから見ては、絶好調な奴がいる時はそいつにボールを廻すし、逆の場合は無理をさせないように気を配る。
他のプレーヤが気づかない些細な事でも、なんとなく立ち姿や仕草などで一人ひとりの状態が分かってしまうのだ。


そう、今日の試合はまさにそう。
先刻から胸騒ぎがしている。


(アイツの様子がおかしい…。)


前半35分を過ぎた頃からだろうか。
後ろ姿がいつもと違う事に気づいた。
メンタルが不安定な時、やたらと額の汗を腕で拭おうとするアイツのクセが何度も繰り返されている。
脚を庇ったりする仕草はないので、仲間は多分気づいてはいない。
思い違いでありたいと願おうにも、その表情から自分の見立てが確信を帯びてくるのが分かる。

(とにかく、早く休ませてやらなければ!)


中盤の要であるアイツが動きを止めることはなく、それが余計に俺の心をざわつかせる。


そして、

 『ピィィ―――ッ!』

やっとホイッスルが鳴り響いた。


〈オリンピックアジア2次予選〉
U-22日本vsU-22タイ(ホームゲーム)
前半終了
スコア 1ー0
得点者 岬 日本(前半28分)



翼・日向不在の今大会、この試合展開では多分アイツ自らピッチを出る選択はしないだろう。
負けず嫌いでプライドが高く、だけど誰よりも優しい男。
自分に厳しく、周りに気を配りすぎなアイツを説得するには、一筋縄ではいかないだろう。
協力者が必要だ。

そう思っていた時、適任者がちょうど俺の前を足早に歩いていた。
誰かと合流する前に捕まえなくてはと、慌てて呼び止める。

「おい三杉、…ちょっといいか?」





控え室内はホームゲームである事と、わずかに1点ではあるがリードしている事もあり明るい雰囲気だった。
年少トリオ(沢田・新田・佐野)に囲まれたアイツも、優しい眼差しを向けながら水分補給をしている。
その他のメンバー達も談笑したり軽くストレッチしたりと、それぞれがリラックスして過ごしていた。
そんなメンバー達とは対照的に、俺はかなり焦っていた。
この短い時間内に、アイツを説得しなければならないからだ。
残された時間は少ない。
今しかないと思った俺は、顔の向きを変えずに横目で三杉の方を見る。
部屋の片隅で松山とつるんでいた奴は、俺の視線に気づくと小さく頷いて微笑んだ。
それが…作戦決行の合図。

――賽は、投げられた。
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