宝物小説(戴き物小説)4

□元旦の夜
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 初詣から戻って、皆を送り、最後は岬と二人になった。岬とこんなに長くいたのは久しぶりで、寒さすら感じない。
「先生、冬の大三角形って?」
「ベテルギウスとシリウスと…」
岬の手を掴んで、導く。周囲は静まり返って、星と岬と俺だけのような気がした。
「はい、覚えました」
内緒話のように、岬は耳元に囁く。そのまま手を繋いで、岬のアパートまで戻った。
「先生、あの…」
階段を上がった辺りで、岬が手に力を込めた。明らかに緊張している様子に、来た時の雰囲気を思い出した。変な男がうろついていると聞いて、怯えていた岬。
 これ以上、岬と一緒にいたら、どうにかなってしまいそうだった。それでも、岬に怖い思いをさせる位なら、じっと耐えようと決めた。
「親父さんが帰るまで、留守番しないとな」
そう言うと、岬は嬉しそうに俺を見上げて来た。とても可愛い笑顔に、また驚かされた。

 コタツを強くして入った。岬のいれてくれた熱い茶をすすりながら、初詣の話をした。
「岬、疲れたら寝ても良いぞ」
そうは言ってあったが、茶を飲み終わった頃には岬はこくり、と首を揺らした。もうかなり眠いのを我慢していたらしい。すぐに机に突っ伏してしまった。
 先に布団を敷いておけば良かったな、と温まりたかった自分を戒めつつ、岬を動かそうとした。岬は気持ち良さそうに寝息を立てていて、動かすのは酷な気がした。
 俺は自分のコートを掛けてやろうとして、岬の背中に目が止まった。俯いているせいで、うなじの白さが際立つようだった。華奢な肩も寒そうにすくめられていて、温めてやりたくなった。
 細い肩を後ろから抱いた。腕の力で潰してしまいそうな位、繊細なこの子が、俺の心全部を占めている。

 岬にコートを被せて横になった。岬と二人でいることに躊躇いがない訳ではない。だが、岬が笑ってくれるようになったのは本当に嬉しかった。このまま、側にいられたら。抱いてはならない望みが胸を過ぎる。

 卒業式に臨む岬は、白い頬を淡く染めていた。薄氷を踏む思いで過ごした半年を振り返りながら、岬を眺めた。証書を収めた筒を手に、岬は今までお世話になりました、と挨拶すると、俺の前を通り過ぎた。
「岬、約束は?」
「約束?何のことでした?」
輝くような笑顔で、岬は微笑む。手が届きそうで届かないもどかしさに、俺は岬の腕を掴んだ。
「岬、俺はお前のことが」
半年という期限に追い詰められたのは俺の方だった。早く、岬に触れたい。だが、岬は知らぬ顔で俺の横を通り過ぎようとする。俺の心をこんなに掻き乱したくせに。
「僕のことは生徒としか見てくれないくせに」
走り去ろうとする岬の腕をとった。
「岬」
そうじゃない。俺はお前が好きで、でも言えなかった。
「先生、離して下さい」
何となく、岬は待ってくれている気がしていた。そのまま岬を壁に押し付けた。
「先生、やめて」
細い悲鳴を耳にしながら、どうしてこうなったのかと自問した。顔を背ける岬に、苦しくなる。
 岬の顎を掴み、持ち上げた。僅かに開かせた唇に、噛み付くように奪う。
「ん…」
岬の目が大きく開かれた。自分で駄目だと自覚しながらも、止めることができない。ふんわりと柔らかい唇の感触に、溺れてしまう。
「先生、やめ…て…」
か細い声で抗う岬に、もう一度唇を寄せた。

 気がつくと、岬は隣にいた。隣というのは不正確な程、俺の腕の中に岬はいた。
「岬?」
すぐには状況が把握出来なかった。どうやら岬の部屋で寝てしまったらしいと分かってから、自分が寄って来た岬を抱きしめたのだと解釈できた。
「ごめん」
岬に詫びて、手を離した。謝りながらも、岬は名残惜しそうに、布団をかけ直してくれる。一心に俺を見上げる眼差しはいつものそれで、俺は自分が許せなくなった。

 こんなに簡単に揺らいでしまう自分が、意識下ではそう望んでいる自分が許せなかった。岬を傷付ける者は許せない。たとえ、それが俺自身であっても。
 岬の布団を敷き、別々に横になりながら、俺は岬から遠ざかることを決めた。



(おわり)
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