宝物小説(戴き物小説)5

□ブラックジョーク
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「誰か、抹殺指令を出してくれないかなあ」
大学では掛けているメガネを少しずらし、ちらり、と上目遣いの岬に言われて、三杉は見なかったふりで、教科書を開ける。

 岬が抹殺したい相手は決まっている。
 仕事中で、女子高生に扮した岬に一目惚れして、ストーカーと化し、仕事の援護で打ち解けた途端に押し倒して、岬からの対応がツンドラ気候になった男、若林源三に他ならない。
「…今日はたまたまだよね」
同じ大学とはいえ、普段は別のキャンパスなので、遭遇することはない。それが、岬の探している本がこちらのキャンパスの図書館にしかなくて、遭遇することになった。
「岬、会いに来てくれたのか!メガネもよく似合うな」
会って早々、そう囁いた若林の足をギュウッと踏み付けて、岬は早々に立ち去った。人目を憚る岬に、人前での接触は控え目だったものの、その後は付き纏い続け、学食ではカレーライスに頼んでいないサラダが出されたり、こっそりデザートが付けられていたりした。
 そして今も、食後のコーヒーを味わう三杉の横に、でんと座っているような有様だ。殿様、というあだ名が不思議に似合う若林らしく、学食のカフェすら、少し格が上がったような錯覚を生じさせる。
「じゃあ、俺が依頼を出しても良いか?毎日狙いに来てくれるんだろ?夜討ち朝駆け、いつでも大歓迎だ」
「お断りだよ」
至って冷たく、事務的に断り、なお寄る若林を裏拳で撃退すると、岬はため息をついた。
「おちおち参考図書も借りに来れないのは困るよね、わざわざ殺すまでもないけど」
「まあまあ。僕に会いに来てくれたと思えば良いじゃないか」
メガネを掛けた岬は、いつもよりほんの少し穏やかで、三杉は当分仕事が入らなければ良いのに、と思う。

 そこへ、後ろの自販機に行っていた若林が戻って来た。
「岬は砂糖2つだな」
「うん、ありがとう」
当然のように紙コップを2つ持っている、普段より優しい表情の若林はともかく、当然のように紙コップを受け取った岬に、三杉は目を見開いた。
 いっそ殺したい位に、ストーカー行為に悩んでいたんじゃなかったのか?不倶戴天の敵とか言っていたのではないのか?さっき裏拳を入れていたし、その前はアッパーカットも狙っていたのに…。
 シャツにカーディガンの岬は見慣れた三杉の目には、いつもより少しだけ、お洒落に見える。ツンドラ、ではなくツンデレ、だったらしい。
「じゃあ、僕が指令を出すよ。○○映画館で最近痴漢被害が多発してるらしいんだ。見に行って来てくれたまえ」
「うん、もちろ…」
「二人で」
「えっ!?」
「引き受けた!!」
コーヒーを一息で飲み干して、若林は三杉の差し出したチケットを受け取った。
「ええっ!?」
「よろしく」
半ば引きずられていく岬に手を振って、三杉は再度教科書に目を落とした。
「…追いかけっこを楽しむのは勝手だけど、ひとを巻き込まないでほしいね」

 痴漢撲滅に燃える岬は、もちろん自分を触ろうとする痴漢も締め上げたのだった。



(おわり)
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