宝物小説(戴き物小説)5

□公認デート
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「高橋先生に声かけるの!?」
誕生日を祝いに来てくれた若林くんの企みを聞いて、僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 そもそも、原作者にデートの段取りをしてもらおうというキャラクターがどこにいるのか。
 大体、僕達は男同士だ。恋人ではあるけど。それで万が一デートの段取りをされたら、僕がびっくりする。
「でも、岬に会いたいって要望が通ったからこうしてるんだぜ?」
「それはそうだけど…」
僕は最初知らなかったけど、翼くん達は僕がまた登場するように、要望を送ってくれていたらしい。一方、若林くんは僕に会いたいと要望を出していて、それが叶ったのだとか。
「まさか、あんな登場だとは思わなかったけどな」
苦笑いになるのも無理はない。僕は少し前にドイツの若林くんの許を訪れた。若林くんは自分の要望のことは頭になかったそうだ。
「夢にまで見た岬が、可愛い顔して突然立ってるんだぜ!…好き過ぎて、ついに妄想を見たかと」
硬派キャラの台詞じゃないと思うんだけど。
「突然、家に雑誌が置いてあったんだよ。見たら若林くんが載ってて…チーム名はあったから、来ただけだよ」
僕はソファから立ち上がって、マガジンラックの一番手前に置いていた雑誌を取った。フランスの雑誌だから、若林くんはパラパラと見て、首を傾げている。本当は、チーム名だけでは分からないから、わざわざ図書館でチームの所在地や交通手段を調べた。若林くんにはばれていないはずだけど。
「そう言ってたな。遠いところを会いに来てくれて、俺は本当に嬉しかったぜ」
抱きついて来る若林くんに肘を立てて、僕はクッションで赤くなった顔を隠す。若林くんはもちろんそんなことを気にする様子もなく、そのまま僕を抱きしめている。
「確かに、すごく歓迎してくれたよね」
急に行ったのに、若林くんは家にも呼んでくれた。そのまま泊まることになったのは予想外だったけど。
「日帰りでは無理そうだから、近くのホテルを調べておいたのは無駄になったけど」
嫌みを言わずにはいられない。若林くんの家に泊まった結果、こうなった。
「だって、初恋の子がわざわざ会いに来てくれたんだぞ。泊まってくれるよう頼まない訳がないだろ」
だからって、そのまま口説くものだろうか。そのまま付き合う僕の方もどうかしているけど。
「…まあ、会いに行ったのは僕だから」
好きじゃなかったら、雑誌を見た位では、隣の国まで会いに行かない。そういう意味では、先生に見抜かれていた。
「俺は一目惚れだった。ボールをぶつけられそうになったけどな」
若林くんと僕の出会いは、一風変わったものだった。ボールをぶつけそうになった僕に、キャッチして微笑む若林くん。転校生とハプニングって要素が少女マンガ過ぎて、お互い誰にも言ってはいない。
 そもそも、出会い自体描かれたキャラは少ない。翼くんとロベルトや若林くん、石崎くん位のものだろう。僕も、若林くん以外とは試合中に会っている。
「初めて会った時に、お前は特別な相手だと思った。岬が南葛で最初に話した相手は俺で、俺が最初に笑いかけたのはお前だった」
若林くんの言葉は、僕の胸に迫るものがある。作中ではないけど、僕が南葛で最初に自己紹介したのも若林くんだった。
「若林くんは僕にとっても、特別な人だったよ」
あの夏は出会いで別れだった。決勝戦で、僕を助け起こしてくれたのは若林くんで、勝利の喜びを噛み締めながら、別れの予感に身を震わせる僕に、若林くんは「また会おう」と言ってくれた。
「敵でも味方でも、岬とサッカーするのは面白いからな」
敵でも、と言われたのは新鮮だった。
「俺も旅立つ、って岬に最初に言いたかった」
ボールの寄せ書きの中で、若林くんの書いた文だけは謎めいていた。同じチームの中で、若林くんと僕は同類だった。大人ぶって、少し斜めを見ていた。
「だから会わせてもらえると思ってた。俺達は一対だから」
翼くんのライバルと親友と。僕達に与えられた役割に唯一無二で、翼くんの思い出す僕達はいつも二人だった。

「でも、デートはやり過ぎだと思う。僕達まだ中学生だし、デートしたキャラなんていないよ」
「100Mジャンパーで松山が彼女とデートした実績がある」
若林くんは何故かとっても力強く言うと、試合のチケットを取り出した。
「これ、3枚もらったから、先生を誘う。それで、お前も一緒に来い」
…まあ、試合観戦なら、デートには思われないよね。
「もう、仕方ないね」
最終的に折れたのは僕の方だった。
「じゃあ、ハガキ出して来ようぜ。ついでに、買い物もしておこうぜ」

 高橋先生とはパリで落ち合った。そこから飛行機に乗り、ドイツに向かった。パリで会った時、先生は僕が随分背が伸びたと喜んでくれた。遠くまで来てくれた先生に、心の中で謝りながら、せめてパリ滞在中は、と観光に案内する。パリも三年目ともなれば、随分上手に案内できるようになったと思う。若林くんとめぐった時も楽しかった。
 カフェでお茶をしようと、席に座ったところで、先生はまた僕の背のことを言い出した。近くで見て実感したらしい。確かに、かなり伸びたと自分でも思う。
「引っ越ししなくなって、落ち着いたからでしょうね」
そう答えると、先生は複雑な顔をした。もう引っ越しなんかしたくない。このままフランスにいたい。

 スタジアムに着いて、若林くんを探していると、後ろから声をかけられた。
「岬!!先生!!」
…若林くんにも困ったものだ。先生の黒髪はともかく、僕の髪はヨーロッパではあまり目立たない。それなのに後ろ姿だけで分かるなんて、ずっと会っていたとバレてしまう。…先生には久しぶりだと言っていたのに。
「若林くんだ!!」
それでも、会えると嬉しい。若林くんはまた一回り大きくなったように見える。シャツとズボンは一緒に買い物に行った時のもので、思っていたより似合っている。
「若林くん、おしゃべりもいいけれど、試合が始まっちゃうよ」
先生とおしゃべりしている若林くんに声を掛ける。確かに、高橋先生とお会いするのは久しぶりだから、テンションが上がるのは分かるけど。

 試合が終わり、奥寺選手を見かけたので、すぐに追いかけた。ブンデスリーガの現役選手から話を聞く機会など滅多にない。色々お話を聞けて、僕はもちろん、若林くんも興奮した様子だった。ふと見ると、先生がいなくて慌てて探すと子供たちに囲まれていた。ヨーロッパでも、僕達のマンガはすごく人気がある。もしかすると、日本でよりも人気があるかも知れない。

 戻って来た先生は、少し慌てている様子だった。締め切りが近いのに、あまり仕上がっていないとかで、日本に帰るよう編集の人に怒られたらしい。
「ボクは日本に帰るけど、岬くんは大丈夫かい?」
「はい。僕は前にも来たことがありますから」
そう言うと、高橋先生は心配そうな顔を少し緩めた。
「それにしても、キミたちは案外仲が良いんだね」
先生がそう言ったのも無理はない。先生から離れていた時間があったせいで、ついいつもの距離に戻っていた。一緒にいる時に、ソファに座って若林くんから抱き寄せられ、自然にもたれるそんな距離。
「あっ、人が多かったので、はぐれないように」
「仲良いんです、俺達。岬がせっかく来てくれていますから」
同時にまったく違うベクトルの言葉を発していた。パリでの2日間に高橋先生と接して、何となく、僕の現状について先生は何か思うところがあるのではないかと思い始めた。あの複雑な顔を見てから、つきまとう違和感に、できるだけ本心を隠して動くようにした。
「そうか、キミたちは仲が良いんだね」
先生の表情からは複雑さは消えていた。それに代わって、向けられた笑顔はどこか怖くて、僕は思わず目を逸らした。
「キミたちも元気でね」
飛行機に乗る先生を見送り、僕は若林くんの家に向かった。

「…やっぱり、良くなかったよ」
誌上デートが掲載されそうだと嬉しそうな若林くんに対し、僕は何故か嬉しいとは思えなかった。先生は、僕達が仲が良いことを喜ぶ風ではなかった。僕がフランスに留まるべきでないと思っているようだった。先生が僕をもう一人の主人公と思って下さっているのは知っている。その僕をいつまでもフランスにおいておけないと思っておられるのかも知れない。そして、主人公のライバルであることを宿命づけられた若林くんとの馴れ合いを望んでおられないのではないか。
「そうか?先生は俺達に会えて嬉しいって言ってたし、ずっと楽しそうだったぞ」
若林くんは不遜に楽天的に笑うけれど。
 僕は、若林くんにしがみついた。自分からこんな風に抱きつくのは初めてで…こんな風ではなく、もっと優しく抱きしめてあげたいと思っていた。
「何だか、怖いよ」
この不安を何という言葉で置き換えたら良いのか分からない。自分の心の中にしまった宝物を、無理に取り出されるような気がした。
「ねえ、若林くん」
「ん?どうした」
僕の頭を撫でてくれていた若林くんは、僕の口調が変わったのに気付いたようだ。その手を止めて、顔を上げた僕と目が合う。
「お願い、僕を離さないで」
拙い言葉にしかならなかった。若林くんはその視線だけで分かる強い目で僕を見つめ、そして息を吐いた。
「…お前も気付いてたのか」
これから舞台はヨーロッパに移り、僕達が登場することもあるだろう、と先生から伺った。
「俺達は違う役を振り当てられるだろうな」
それは何となく分かっていた。クラブに所属して根を張っているような若林くんと、根無し草の僕では、与えられる役は自ずと異なる。
「俺としては、お前を離す気なんかないけどな」
多分、もう僕達が話すシーンは描かれない。特別に仲が良いことを知られてしまった以上、描かれたどんな僕達も虚構になる。
「それは光栄だね」
いつものように寄り添い、僕達は笑い合った。



(おわり)
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