宝物小説(戴き物小説)5

□ブラックシンデレラ
1ページ/3ページ

「社交ダンス大会?」
「ああ。始めたばかりだから、たいしたことはないけど、良かったら」
医学部の三杉に珍しく殊勝に誘われたものの、正直気乗りはしなかった。三杉は古なじみで同じ大学だが、今は教養で顔を合わす程度の知り合いでしかないし、色々厄介な相手である。行く程の義理はない。だから、当日会場に行ったのは、「初心者」の三杉を見てみたいという、ほんの気まぐれに過ぎなかった。

 会場では、すでに競技が始まっていた。フロアーいっぱいに広がる、ドレスアップした男女。その中には、三杉と彼女の姿もあった。始めたばかりと言ってはいたが、性格以外は完璧と評判が高い三杉だけあって、憎たらしい程そつなくこなしている。と言うより、そううまいとは思わないのだが、不思議と目が離せない。しかも、それは俺だけではなかったらしい。
「ねえ、あの14番ステキね!」
「王子様みたいね!」
「本当にステキ!」
…会場内に、あっという間に吐息が満ち、三杉ファンクラブが誕生し、場所取りで阿鼻叫喚の大惨事が発生するといういつもの光景を尻目に、のんびり観覧していた時に、事件は起こった。

「きゃあああ!!」
途中から音楽をかき消すまでに場内にあふれていた黄色い悲鳴、ではなく、切迫かつ甲高い悲鳴が響き渡った。
「ちょっと音楽を止めてくれたまえ!!」
叫んだのは三杉だとすぐに分かった。女どものキャーの大合唱の中、音楽が止まる。何事かあったらしい、と俺はタラップを下りて、1階のフロアーに走った。
「三杉、どうした?」
「若林くん、どうもこうもないよ」
三杉が指差す先には、机に倒れ伏す審査員。その耳からは血が流れ落ちていた。

 三杉に促されて、すぐに警察に通報した。その後は、会場のドアを閉め切り、外に出ていく者がいないように見張った。それを命令した三杉も現場を保全しながらも、現場を観察している様子だった。
「とんだことになったね」
「…お前と関わるといつもこうだ」
「まあ、淳ったらひどい言われようね」
三杉の女は俺を非難するが、小学生の頃に同級生と三杉の家に遊びに行けば、そのうちの一人が蛇に噛まれ、遠足で同じ班になれば、オリエンテーリングで行方不明が出て、捜索に三時間かかり、社会見学で工場に行けば、停電でパニックが起こり、教育実習に行けば、急病続出で数日学級閉鎖に陥る疫病神っぷりだ。
「とりあえずは帰れるみたいだな」
連絡先を書くよう言われたものの、それ以上は拘束されないようだった。
「それにしても、殺人事件とはね」
警察の見解は急病とのことだが、そうは思えなかった。そして、三杉の見解も同じらしい。
「…おい」
それでも、滅多なことを口にすべきではない。三杉に黙るよう言おうと振り返ったところで、誰かとぶつかった。
「きゃっ」
「大丈夫か!?」
ぶつかった相手は、どうやら高校生らしい。県でも有数の進学校のブレザーを着ている。
「あ、ありがとう」
転ぶ前に、抱き止めた相手は、優しく微笑んだ。その瞬間、俺は一目惚れ、という神話を信じた。
 何て可愛いんだ!好みだ!タイプだ!
「若林くん、やめたまえ!!」
駆け寄って来た三杉が、慌てて俺を止めようとする。確かに、友人が見ず知らずの女子高生を横脇に抱えて歩こうとしていたら当然だ。

「ほら、君も謝りたまえ」
「本当にすまない。君があまりに可愛くて」
「…もう良いですから。じゃあ、帰ります」
三杉に引き離された後は、ひたすら謝った。女子高生は俺達を振り返ろうとせず、素早く走り去る。そして、俺は次の瞬間、三杉を振り切って後を追った。

 相当、早い。それが追いかけた印象だった。ただ、高校の指定シューズはやわで、走りにくい。特に慣れない者はそうだろう。地下道の途中で、破けた靴を手に、潜んでいる相手を見つけた。

「やっと追い付いたぜ」
壁に追い詰めた俺に、女子高生は鋭い目を向ける。その壁に手を付き、逃げ道を塞いで、俺は尋ねた。
「お前は、誰だ?あの高校の生徒じゃないだろ?」
女子高生の着ているのは、俺の母校の制服だ。ほとんど内部進学の上、三ヶ月前には教育実習に行っている。こんなに可愛い子がいたら、忘れる訳がない。
「そうだよ。ちょっと興味があって、制服借りて来ただけ」
「誰に?その制服を貸してくれる奴なんかいないだろ?」
完全に内部進学生しかいない、セキュリティ重視の学校だ。制服を貸すのは停学級の校則違反に当たる。それでも破るのは。
「そうか…」
自分の鈍さは知っていたが、ここまでとは思わなかった。あの、軽薄に見られがちだが、中身は骨太な三杉が、社交ダンスを始めた理由。そして、殺人事件が起こった理由。
 三ヶ月前の教育実習で、三杉ファンクラブの一人が、登校拒否に陥った。当の三杉が教育実習中であるのに、だ。校内の噂では、校外でセクハラを受けて、男性恐怖症に陥ったということだったが…。その生徒は、社交ダンスを習っていた。死んだ審査員の主宰していた教室だった。
「お前が殺したのか?」
その生徒の身内に頼まれて、制服を借りた彼女が殺したと考えれば、つじつまは合う。そう詰め寄れば、彼女はにっこりと微笑んだ。
「花を摘んだ対価には、安い命だけどね」
人の命を奪った、毒のある花だと知っていても、その微笑みはあまりに可憐だった。見惚れて動きもできない俺の頬に手を添えて、彼女が耳元で囁いた。
「じゃあね」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ