宝物小説(戴き物小説)5

□合宿所にて
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 その男、岬太郎が現れた時、合宿所は揺れた、かに見えた。
 松山や南葛のチームメイトが駆け寄るのは当然だ。常は怒りっぽい日向や常は冷静な若島津でさえ、どこか嬉しそうにしている。では、他の者達は。岬をじっと見つめていた。

「あの人、色白いですよね。何か背の割に華奢で、守ってあげたくなる風情がありますし」
「新田、それ俺ら以外に言うなよ。日向に蹴り殺されるぞ」
浦辺に泣きながら頼まれた縁で、新田の面倒を見ている井沢が素早く釘を刺す。
「何や、道産子とか三杉とかも色白いんやけど、何か違うねんな。何か甘そうな肌やねん」
そんな中、早田の言葉に南葛の面々が周囲を見渡し、それから安堵する。翼も松山も日向も若林も不在である。彼らがいたら、集団リンチ殺人事件必至だ。よりによって、サッカーのJr.ユース大会日本代表の合宿所で。こんな本音がボロボロこぼれている男所帯の談話室ではあるが、一部の者達にとって岬は聖域である。岬を天使か何かのように思っていて、性的な対象として見ることを許さない。
 男だらけのむさくるしい合宿生活を送っていた中学生男子どもの前に現れた岬が、色白で華奢でサッカー選手に見えない位か細くて、色の薄い髪の毛がサラサラで、大きな目に睫毛の長い、どこか少女めいた美少年であったのが、全ての原因だった。集団生活で自慰もままならない合宿所では、再会を懐かしむというメランコリックな感情なしに異国の香りのするお洒落な美少年を見るのは、まさに目の毒であった。柔らかそうな髪、少年らしくしなやかに伸びているのに、骨ばっていない手足、やたらと白い肌や桜色の唇まで、まるでアイドルのような可愛い子が突然仲間に入ったら、飢餓状態の少年達ではその刺激に耐えられない。笑顔が可愛い、声が可愛い、料理もできるらしい、と談話室は日々報告が行きかい、アイドルのファンクラブ状態に陥っている。顔の可愛さもさることながら、色の白さに目がいってしまうのは、リビドーにまみれた男子らしい。
 この合宿所で、後から合流するというイレギュラーな参加でなければ、岬はここまで注目を浴びるタイプではない。だから翼や若林の時のような反対論は起こらなかった。そういうことを言いそうな面々が、一番食いつくのは、岬がボスタイプに好かれる雰囲気を持っているからだろう。
「君達がそんなことばっかり言うから、岬くんは合宿所に入るのをやめたんだよ」
三杉がため息をつくのも無理はない。短く切りそろえた岬のうなじは白くて、きっと良い匂いがするという噂が立ったのが、岬が来て一時間後。岬にくっつかんばかりにして匂いを嗅いでいる早田が確保されて、岬の合宿所入りはなしになった。
「しかも、若林がボディガードだもんな」
グラウンドでは翼が常に目を光らせている。そうでない時は、日向や松山が監視を怠らない。そして、合宿所でも一二を争う戦闘力と言われる若林がボディガードに付いた。
「さっきユニめくって汗拭いてたんだけど、腹も真っ白だったぜ」
「その後、日向と若島津と若林に説教くらってたけどな」
立花兄弟の報告に、その場が盛り上がる。
 最初はフランス語が話せる日本人が仲間に入ると云うことで、みんなで観光に連れて行ってもらおうということになっていたが、現状では皆がそれぞれ他を出し抜いてデートを目論んでいるようなありさまだ。

 彼らは知らない。その岬がよりによって若林と誌面を使って再会、スペシャル企画でデートを行うという、原作が最大の大手状態の、公認カップルであることを。
 そして、そんな状態でありながら、自分以外の誰かが岬に手を出そうものなら、リンチを辞さない若林であった。



(おわり)
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