宝物小説(戴き物小説)5

□魔王と勇者一行
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 洞窟の中程は全くの闇で、勇者ミサキは光を発する魔法を唱えた。ほのかに光る指先だけが闇を照らし、ミサキは安堵の息をついた。
「コジロウ、大丈夫?」
「何で俺に聞くんだ」
薄明かりでも、仲間の表情は分かる。明らかに笑っている賢者ジュンとミサキを代わる代わる睨む剣士のコジロウを、格闘家のケンは複雑な表情で見守っていた。と、そこで空気が変わった。ケンは気配を察して身構え、ミサキは剣に手をかける。
 次の瞬間、ミサキは腕に何かが触れた感覚に身を震わせた。いつの間にか暗闇の中に出現した手が、ミサキの腕を掴んでいる。
「ミサキ、大丈夫か!?」
側にいたコジロウがミサキに駆け寄ったところで、ミサキを掴む手は徐々にその上の部分を現してきた。手首が腕になり、たちまち人に似た姿に変わっていく。
「お前はっ!」
腕ばかりではなくミサキの腰に腕を回そうとしているのを、コジロウが強引に割り込む。
「何しやがる、このエロ魔王!」
「それは心外だな」
コジロウに殴られ、魔王は口元に滲んだ血を拭うと、そのままミサキに手を伸ばした。
「勇者、俺の城に早く来いよ」
抱き寄せようとする腕に、ミサキは盾を翳して防御する。
「いやだよ、君イヤラシイことしようとするじゃないか」
旅に出てすぐに、魔王はこうして干渉して来るようになった。
「城に攻めて来た侵入者は俺の好きにして良いだろ!?」
最初は勇者一行を妨害しているのだと解釈していたものの、その度に抱き込もうとする様子に、最初は気にしなかったミサキすら、最近では身の危険を感じるようになった。隙あらば壁際に追い詰めようとしたり、拐おうとしたり、唇を盗もうとする不埒な魔王に、ミサキも警戒を緩めない。
「だから行かないってば。先に、周りの村を平和にしてほしいって言われてるんだよ」
「じゃあ、その間に村から人をさらっても良いのか?」
「それは全力で阻止するよ」
人間の基準でも目立つ整った顔に、余裕の笑みを浮かべながら魔王は言い寄る。勇者ミサキとしては困っているのだが、その柔らかい物腰のせいで、和やかな雰囲気にしか見えない。
「…もう、あいつを魔王に渡してしまった方が早くないか?」
「そんなことしたら、ミサキが可哀相だろ!あんなエロ魔王にミサキを渡せるかよ!」
「ミサキくん一人で世界が平和になるなら、お得なんじゃないかい」
仲間の格闘家と賢者の物騒な発言にコジロウは目を剥くが、口では到底勝負にならない。所在ないままに、魔王に絡まれている勇者を見遣った。
 華奢で可憐な見かけによらず、ミサキは勇者としての適性が高い。技量だけでなく、困っている人々を救いたいという気持ちも強い。そのため、旅に出た次の日に魔王に遭遇するまでは、この旅は順調だった。
「じゃあ、俺も仲間になるっていうのはどうだ?」
「僕は魔王を倒しに行くんだよ」
魔王の笑えない冗談に勇者が微笑む。次の瞬間、音もなく抜かれた剣が魔王の頬近くを掠り、黒い髪が数本落ちた。
「お前、この間合いなら、俺の首だって落とせただろ?」
そう言いながらも、距離を置こうとはしない魔王に、勇者は唇を結んだ。
「君こそ、避けようと思えば簡単だったろ?」
ミサキは静かに言うと、抜いた剣を構えた。
「それとも、斬られたいの?」
柔らかい微笑みとともに、聞く者に強い印象を与える優しい口調でミサキは尋ねる。
「お前がそうしたいなら」
甘く囁く魔王がその気になれば、あっという間に自分をさらってしまえるとミサキは知っている。それなのに、この魔王にはミサキの肩に手を回す方が重要らしい。
「なあ、俺の城に来いよ」
「いやだよ」
笑顔ではあるが、譲歩の欠片もない口調でミサキは言った。少しでも甘い顔をすれば、魔王はつけ上がる。だが、魔王が本気になれば、今の自分達の実力では太刀打ちできないとミサキは誰よりも知っている。そして。
「君と殺し合いなんてしたくない」
風の吹き抜ける音の絶えない洞窟の中、ひとり言めいた呟きだったが、地獄耳を誇る魔王が聞き逃すはずがなかった。
「勇者、それはどういうことだ?」
鎧の肩当てが軋むほどに洞窟の壁に押さえ付けて、魔王は勇者のすぐ側まで顔を近付けた。唇と唇は指先ほどの隙間を隔てるのみだ。いつもより潜めた声は、いつもよりも近く、お互いの息遣いさえ分かってしまう。
「冗談だよ。殺し合おうよ、魔王…本気で口説く気もないんだろ?」
優しい顔立ちに似合わない冷たい表情のせいで、勇者は青ざめて見えた。その腕を掴み上げて、魔王が絞り出したような声で尋ねる。
「良いのか?本気で好きになっても?」
初めて見かけた時から気になる存在だった。だから会いに行くついでにこっそり守ってきた。配下には偵察だと言い聞かせて来たが、本来は許されることではない。

 魔王が勇者に恋い焦がれて、倒したくないなどと。

 もし許されるなら、勇者を浚ってしまいたい。邪魔な勇者を閉じ込めることは許されても、愛する勇者と暮らすことは許されない。それは魔族の長である魔王の運命だった。

「…さっさとくっつけば良いのに」
声を出したのは格闘家ケンだった。呆れ顔に、もっと呆れたような突き放した口調で、ケンは言い放った。
「ケンの言う通りだね。両片思いって悪くはないけど、見ている方は疲れるよ」
自称疲れやすい賢者ジュンは、とっくに割り切った様子で、いつものテーブルと椅子を出現させてのティータイムと洒落込んでいる。

 これ以上からかわれることに耐えられず、勇者は意を決して魔王を見上げた。一目見ただけで、魔王と分かったほどの魔力に、逞しい肉体や目鼻立ちのはっきりした整った顔もあって、圧倒的な迫力がある。それでも、初めて会った時から、恐怖を感じたことはなかった。何度も城に誘い、身体に触れながらも、決して好きだと言わない魔王に、じれったさばかりが募った。
「君の城には行かないよ」
長い睫毛に縁取られた勇者の瞳は、うっすらと涙が潤んでいた。
「そんな顔で言われても、信じないぜ」
勇者の点した魔法の灯が消えた瞬間、魔王が動いた。二つの影が重なったのを、仲間達は確かに見た。

 しばらくして、勇者が再び魔法で灯を点した時には、魔王は姿を消していた。
「何があったんだ!?」
心配そうに駆け寄るコジロウに、ミサキは笑顔で首を振る。
「何もないよ」
洞窟特有の、湿度は高いが冷えた空気のせいもあって、さっきまで青白く見えた頬は、奇妙な程赤く染まっている。
「ミサキが何もなかったと言うんだから、良いじゃないですか」
「さあ、先を急ごう」
ケンとジュンに促され、お前らが言うなという顔でコジロウが先に歩き始める。ミサキはその後に続くと、ゆっくりと手を伸ばし、自らの唇に触れた。
 まだ先は長い。次は城で、と魔王は囁いた。それまでに、この気持ちに名前を付けることはできるのだろうか。
「それまでは負けない」



(おわり)
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