秘密の部屋

□月ノ姫
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それは、今まで感じたことのない強烈な衝動だった。
学校からの帰宅途中。俺の隣をすれ違った見知らぬ少年の姿に、ドクンと一際大きく心臓が鳴る。
白い肌、栗色の髪、つぶらな瞳、紅い唇。
女みたいな綺麗な顔。
なんだ。これは。目が離せない。身体中の血液が沸騰しそうだ。
俺は訳のわからない衝動に突き動かされ、密かにそいつの後を追った。
早く。そうだ、一刻も早く。あいつを。あの体を。
胸が鳴る。喉が乾く。興奮するなって方が無理だ。
やがて、そいつがマンションの一室に入っていくの見て、眼鏡を外した俺は、そのドアの中に体を滑り込ませた。
「……え?」
そいつが振り返る。驚きに見開かれた大きな瞳。透き通るような白い肌。
急速に膨れ上がる衝動。
声もなく笑う俺の背後で、ドアの閉まる音がした。



ふと、我に返った。
ここはどこだ。俺は何をしている。
床は一面赤く濡れ、何かの大きな塊がいくつも無造作に床に転がっていた。
静けさが耳に痛い。
「な…んだ…これは?」
胸がムカムカするようなとても嫌な匂いがする。
眼鏡をかけて、もう一度眺めた。
「…っ!」
一面の血の海。服ごと切断されたいくつもの肉片と栗色の髪の頭部。
「…な…!」
ガタガタと身体が震えた。
なんなんだ、これは。ここで何が起こった。
そして自分の右手を見て愕然とする。
何故俺は、赤く染まったナイフを握っているんだ。
ナイフから滴り落ちる真紅の液体。
指を伝う、まだ生暖かい感触。
むせかえるような血の匂い。
何が起こった。何を、俺は。まさか。
まさか。
「お、…俺…が?」
悪夢のような現実に、腹の底から吐き気が込み上げる。
違う。
違う。夢だ。こんなのは夢に決まってる。
「違う!俺じゃない!」
叫んで、その場から逃げるように飛び出した。



悲鳴を上げて自室のベッドから飛び起きた。
学生服を着たまま寝ていたらしい。
慌てて自分の手や身体を見る。だが血の跡はどこにもついていなかった。
「…若林さん、起きました?」
「井沢…」
「大丈夫ですか?…若林さん、帰り道の途中で貧血で倒れてたんですよ。見つけた時はびっくりしました。最近流行りの、猟奇殺人の犠牲者にでもなったのかと思いましたよ。」
「井沢、俺は…」
貧血。そうだ、俺は学校で倒れて、それで早退した帰り道の途中で。
あの栗色の髪の美しい少年に。
無意識にポケットをまさぐると、いつも肌身離さず持ち歩いている御守り代わりのナイフが現れた。
もちろん血の跡などついてない。
「……なんだ、…夢、か。」
心底ほっとして、そのまま倒れ、また泥のような眠りについた。



翌朝、気だるい身体を引きずって学校に向かう途中、俺は前方を見つめ、思わず息を飲んだ。
言いようのない恐ろしさで体が動けなくなる。
「あ、見つけた!」
少年の軽やかな声が、更に恐怖に追い討ちをかけた。
いつもの通学路。ガードレールに腰掛けて、その美しい少年は俺を待っていた。
白い肌、栗色の髪、つぶらな瞳、紅い唇。
真っ直ぐに俺を見てにっこりと微笑む。
「こんにちは。」
「………」
そいつは夢の中で俺が惨殺した少年と瓜二つだった。
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