宝物小説(戴き物小説)3

□帰りたくなったよ
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まっすぐ続く並木道。
あの角を曲がれば、キミの家が見えてくるはず。

ポプラの木。
街路灯。
公園のベンチ。
噴水の音。
ちっとも変わらない。
ボクはこの道を歩くのが好きだった。

キミはいつも、笑っていたね?
笑顔でボクを迎え入れてくれた。
それがどんなに嬉しかったか。
キミの家で、ボク達はサッカー三昧で。
キミが録画したブンデスリーガの試合やボクが持参したリーグアンのDVDを、鑑賞したり、談笑したり。
互いの国のサッカー雑誌を広げては、読めない文章を教え合う。
キミが話すチームやチームメイトの話、試合の話。
時に雄弁に、時に愉快に…キラキラ輝く目で語るキミの姿は、全身でサッカーへの熱い思いをいつも伝えてくれた。
だから。
ここで過ごす時間が、ボクはとても好きだった。

日本を離れて、日本人としてキミがこの地でサッカーをしていることが、どれだけボクの心の支えになったか、キミは知らない。
キミの活躍ぶりに、ボクがどれだけ誇らしかったか、多分キミは知らない。
キミを訪ねて来たとき、ボクを覚えていてくれた事がどれだけ嬉しかったか、きっとキミは知らない。

本当に嬉しかった。楽しかったんだ。
キミの家で過ごした時間は、今もこれからも、ボクの大事な宝物だよ?
ありがとう、若林くん。


角を曲がる。
ほら、キミの家が見えてくる。
今日の青い空に良く映える、オフホワイトの家。
…あれ?
良く見ると、小さいけれど人影が確認出来る。
向こうもボクに気づいてか、手を振っているのが分かった。
ああ、あれは…若林くんだ。
ボクが1人で家まで訪ねると言ったから、きっと心配で家の前に立っていたんだね?
一体、どれぐらいそうやって待っていたんだろう。
やだなぁ、ボクはそんなに子どもじゃないのにな。
ボクは笑う。
キミが大きく手を振っている姿がおかしくて、本当におかしくて、笑いながら…涙がこぼれた。
今日が最後なんだ。
きっと、今日で最後なんだよ?
ここに来るのは。
ボクはもうすぐ日本へ帰る。
だから、“話したいことがある”って言ったんだ。
キミに、感謝の気持ちを伝えたくて。
キミに、これからのボクの決意を聞いて欲しくて来たんだよ?
これまでと同じように、キミは笑ってくれるかな?
ボクの話に、頷いてくれるかな?
こんなにも涙がこぼれるのは、キミが慣れない事をして、ボクを笑わせるからだよ?
悲しいんじゃないんだ。
だって、ボクは日本へ帰るんだから。
ボクはこれからもサッカーを続けるよ?
そして、夢を叶えたいんだ。


左手の袖口で涙を拭い取り、その手を大きく左右に振る。
キミに分かるように。
精一杯、大きく振ってみる。

「おーい、みさきー。はやくこいよー」

キミの笑顔が見える。
キミの待つ家で、ボクは今日も笑って過ごしたいから。

「いまいくよー!」

その声を合図に、ボクは駆け出す。
力いっぱい踏みしめて、少しでも早くキミの元にたどり着けるように。
大丈夫。ボクは大丈夫だから。
そして、キミにこう言ってびっくりさせるんだ。

『若林くん!ただいま。』




 〜2009.9.18 美羽〜
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