短・中編
□金木犀
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優しい香りがした。
…―――金木犀
「ガイ、何か香水を付けているの?」
「え、いや…何も付けてないけど…?」
ガイは、後ろで歩いていたティアの声に振り向いた。
「何か、甘い香りがするのだけど」
そう言いながら首を傾げたティアに、更にその後ろで歩いていたジェイドが近づく。
「匂いの元はこれではありませんか?」
ガイの持つ荷物の中に、一つの小さな花の枝。
「これは…?」
「ああ、さっき街の角でアイテムショップで買い物をしたときに貰ったんだ」
珍しいモンもあったんだぜ、と笑いながら取り出す、甘い香りを放つ花。
「…金木犀、ですね」
「金木犀?」
「この大陸にはない花です。珍しいですね」
小さなオレンジの花のひとつ一つが、甘い香りを放っている。
控えめに香る香りは、その花の数が多いとむせかえるほどに強いらしい。
「可愛いわね」
「ああ。」
何故、自分がこの花を貰ったのかを考えながら、ガイは微笑んだ。
「ふむ…」
「旦那?」
「伝え聞いた話ですが、この世界のどこかに日野国という忍の里があるらしいんです。そこでは、花にそれぞれ自分の思いを託す言葉が付けられているそうですよ」
忍ぶことを使命づけられた一族の、思い。
さまざまな思いを、その花に乗せて届ける。
「そうか、あの女性ももしかしたら」
「その一族の末裔、かもしれませんね」
「…でも、その花、ガイみたいね」
ふと、ティアが声を漏らす。
同時に振り返る二人に、若干焦りながら、ティアはその先を話し出した。
「色もそうだけれど…何か、控えめな感じとか。その、優しい感じとかが…とても素敵だと思う」
「おやおや、それは何かプロポーズのようですねぇ」
「た、大佐!」
にやりと嫌な笑みを浮かべたジェイドに、ティアは顔を赤くして抗議する。
「ははは、ありがとうな、ティア」
そういって、何でもないように話すガイに、ティアはホッと息を吐き出した。
「さて、早くしないとルークが怒り出すぜ」
「そうですね、行きましょうか」
「はい」
言いながら、歩き出す。
金木犀。
優しい香りを放つその花の花言葉…
それは、誰も知ることなく甘い香りに包まれていった。
END.