短・中編
□紡ぐ言葉
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紡ぐ言葉(表)
ガイが、いつものようにブウサギの世話を終えて皇帝の私室へ向かうと、丁度正面から歩いてくるジェイドを見つけた。
いくつかの資料を小脇に抱えて、こちらには気付かないまま、珍しく些か早足にピオニーの部屋に入っていく姿を見ると、そのままその中へ入っていくことに気が引ける。
火急の用件なのだろうか。
このまま、もう一周散歩にでも行ってこようかと思ったがかなり時間も経っているし、帰りの遅いブウサギを陛下が心配しないとも限らない。
仕方ない、と、若干及び腰ながら、目の前のドアをあけた。
「陛下、ブウサギたちの散歩、只今終わりました」
言いながら私室に入ると、ピオニーとジェイドは机の上の冊子に目を落としながら、思っていたのとは全く違う雰囲気で話を続けている。
「おお、帰ったか、ガイラルディア」
「おやガイ、お疲れ様です」
笑顔で出迎えられて、拍子抜けしたのは事実。
難しい話をしながら、資料に目を通しているものだと思っていたから。
「何を見ていたんですか」
二人の和やかな雰囲気に興味を引かれ、手元の冊子をのぞき込む。
そこには、おそらくは彼らであろう、幼き日の思い出たち。
「珍しいものを見つけたようで。陛下にと、ネフリーが送って寄越したものなんです」
「ははは、この時サフィールは本当に酷い顔をしていてなぁ」
笑いながらその写真に目を落とす二人に、いつものような刺々しい会話はない。
気が楽だとは思いつつも、僅かに疎外感を感じずにはいられなかった。
今、互いに心を通わしたとしても、目の前の皇帝は自分の知らないジェイドとの時間を過ごしていた。
自分とジェイドの過ごした時間が違うからこそ、拭えぬ不安が大きいと言うことは消えない事実で。
「…ふむ」
ぽつりと呟いたピオニーを、ジェイドとガイは同時に振り返る。
「どうかしましたか」
「いや、なに。ガイラルディアが焼き餅を焼いているようだからな」
笑いながらサラリと言われたことに、瞬時に思考は働かない。
「ちっ、違いますよ…っ!」
おやおや、というジェイドのおどけたような声が聞こえたと同時に我に返り、あわてて否定する。
「恥ずかしがらなくても良いですよ。陛下は何でもご存じですから」
ですよね、と陛下をふりかえるジェイドに、ああ、と軽く返した意地悪な皇帝は、その顔に更に深い笑みを刻みこんんだ。
「ガイ」
「……」
「ガーイ」
「………」
さきほどのやり取りで、顔を真っ赤にしたガイは、そのまま自分の屋敷へと歩を進めている。
「すみませんでしたー、ガイがそんなに私のことを思っていてくださったなんて。光栄です」
「だから違うって言ってるだろッ」
大声を出したガイに、周囲の視線が集まる。
いたたまれなくなったのか、そのまま顔を伏せる姿がかわいいとジェイドは笑みを浮かべた。
「何笑ってんだよ、旦那」
「まぁまぁ、少し落ち着ける場所にでも行きましょう」
そういって、まだ若干不機嫌なガイと、立ち並ぶ商店の向こうに見える、噴水広場へ向かう。
男二人でその縁に腰をかけたのが、妙に目を引いていた。
「あれには、ネビリム先生は写っていないんです」
突然ぽつり、と呟くように話し出したジェイドを見つめる。
一瞬の声の抑揚だけだったが、微かに残る悲しみのようなものを感じて、胸が締め付けられた。
ネビリム、そしてヴァンとの決闘、そしてルークが消えてから、すでに数ヶ月たつ。
当初はいろいろな雑務に追われ、互いに失ったものを考えることもなかった。
しかし、落ち着いてきたと同時に考える時間が増え、その度に自分の無力さを思い知る。
しかし、その時間の中でジェイドは僅かだが変わったと思う。
感情が、以前よりしっかりて伝わってくるようになった。
それは軍人としては好ましくないことなのかもしれない。感情を凍らせること。
それは、時に非常であるべき軍人に求められることなのだから。
ジェイドの感情。
はじめはただ、ティアと同じように軍人として生きるために強がっているだけなのかとも思っていた。
しかし、それは思っていたよりも重く、一人の人間として当然の感情を凍らせることは、彼の過去に起因しているところだ。
「陛下やサフィールとの写真は、ネビリム先生が撮ってくれました。国を背負う身…いずれいなくなるだろう、陛下のために思い出を、と」
しかし、会えなくなってしまったのは陛下でなく、ネビリム先生のほうでしたね、と笑って繋げる。
「伝えたい事はたくさんありました。しかし、失ってからでは遅い…貴方にも分かっているはずです」
言われてかつての、暖かかった家族・ヴァン、そしてルークが頭に浮かぶ。
そう、まだ伝えきれないことだらけだったのだ。
「しかし…旦那が自分の弱みを見せるような事するなんて…珍しいな」
「先ほども言ったでしょう?失ってからでは遅いと」
戦いのなかで暮らす彼には、命の保証はない。
自分の命が失われたとき…また、ガイ自身の命が失われるその前に。
「だから、私は貴方にこの話をしました。このままでは互いに気持ちが擦れ違う。もう後悔はしたくないんです」
人目など関係なく。
抱き寄せられて一言だけ。
耳元に、そっと囁かれる。
失うことで傷つくのを恐れてはならないと、そう話すジェイドはいつもより饒舌だ。
『愛しています』
俺の子供のような小さな嫉妬も、笑って全て受け入れてくれた。
そんな、目の前の男のたった一つのこの言葉だけで。
不思議と全てが許せるような気がした。
END.