短・中編
□冷たい手
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冷たい手
「どおりで冷えるわけだ…」
宿の部屋で寛ぎながら感じた肌寒さに、外を見やればチラチラと舞い始めた粉雪。
「思い出すな」
雪だ、雪だと外に向かって走り出す子供たちを見つめながら、頬は自然と弛んでいく。
あれは遠い昔、そう、まだガルディオスの屋敷が幸せに包まれ、自分が彼に仕えていた頃。
「わっ…!」
屋敷の中、遊びに来ていたヴァンの部屋でウトウトと眠りかけていたガイラルディアに手を触れた瞬間。
冷たい、と言ってその手をはたかれた。
「あ…」
慌ててその手を引く。
逆にバツが悪そうな顔をして、ガイラルディアはヴァンを見上げた。
「申し訳ありません、ガイラルディアさま」
「…ご、ごめんね、ヴァン。」
謝った次の瞬間には、へたりと申し訳なさそうにうなだれる。
そんなガイラルディアの頭を、ヴァンはやんわりと撫でた。
やわらかな髪の感触と、くすぐったそうに身をよじった姿は未だ瞼の裏に焼き付いて離れない思い出。
「ヴァンの手は冷たいね。寒いの?」
きょとん、とこちらを眺めるまなざしに、何故だかいたたまれなくなって目をそらす。
護るために血に汚れた手には、果たして人の血が流れているのか…幾度も葛藤するソレをまた心の中で繰り返す。
まだ、大丈夫なのだと信じられるのは、この幼い主を前にした時だけだった。
この存在を守るのが、自分が存在できる意味なのだと。
「私はきっと、冷めた人間なのでしょう。だから、手も冷たい」
微かに自嘲を込めて囁いた言葉に、ガイラルディアは眉を顰めて僅かに口を開いた。
「手がつめたいのはね、こころが、体のねつをすい取っていくからなんだって。こころが、さむさにたえられないから、体じゅうから」
根拠なんてない、流れた噂が、子供の興味をそそったのだろう。
手が冷たい人間は、心が優しい人なのだと。
何の根拠もなく、ただ自分の存在そのものを見つめて言ってくれたその言葉は、きっと救い。
「もう、戻る事はないな…」
二度と手に入らない日々を、思い出に固めて。
綺麗なままでずっと保っていける。
『だから、ヴァンはやさしいんだよ』
そう言って無邪気に笑った貴方を、きっと私は忘れない。
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