小説

□甘く、そして切なく。
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馬鹿だと、本当に心の底から思う。
今思うと、何故もっとあの人の声に耳を傾ける事が出来なかったのだろう。
何故、何故。

今はもう、遅いのだけれど。


*****


その人は、元々自分の通う塾の講師だった。
さらさらの黒髪、眼鏡のよく似合う端正な顔立ちで生徒に人気のある講師。
笑うとその場が綺麗に浄化される、そんな存在だった。
白井充(しらいみつる)32歳。俺はその講師に何故か興味をそそられていた。
綺麗だった。もう、全てが。
男の自分が何故、と呆れる程。囲んでいる女生徒なんかよりも全然。
俺はもう、その容姿に惹かれていた。

その人が担当する授業に俺は入っていなかった。残念だが、どうせ自分の顔など知らないだろうと踏んでいた。
だから驚いた。声をかけられた時は。

「金井君だよね?」

その声に、目を見開いた。

「え?…え、あ、金井です」
「やっぱり!みんなが金井君はイケメンだって言ってるから喋ってみたくて」
「俺と?」
「そう。本当にイケメンだね金井君って」

パッと笑うその人の笑顔は、まさしく花が開いたような。

「いや、でも白井先生も、」
「俺の名前知ってくれてるんだ」
「え、はい。綺麗な人だなって」
「綺麗?」

白井先生は、目を見開いた。

「俺、綺麗なの?」
「うん、綺麗」
「えーそうなのー!?」
「はは、はい」
「えーそうなんだー」

そう言って笑う白井先生は、本当に綺麗、だった。

「金井君このあと暇?ご飯食べて帰らない?給料入ったから奢るよ」
「え、マジですか!?」
「マジですよ〜」

そう言う先生に甘え、夕食をご馳走になった俺。
その後、酔った勢いで先生を襲い、先生がゲイだと知った。先生は俺が気になっていたらしく、そのままの流れで付き合い始めたのが4年前の事。


「ねーみっちゃん」
「んー?」
「俺大学卒業したし、もうちょいで働き出すからさ」
「うん」
「今の内にどっか旅行行かない?有休取ってよ」

そう言いながらみっちゃんの服を引っ張る。
それを払いのけて、近くの椅子に腰かけるみっちゃんの動きはそろそろオッサン。なんてったって35歳、もういい歳だ。
しかし、綺麗なのは変わらない。
みっちゃんは目の前にあった枝豆を口に含みながら言った。

「旅行かーいいかもね。どこ行きたいの」
「んー温泉とかかなー」
「じゃあ調べてよ、お金出したげる」
「おー!みっちゃん太っ腹!」
「だって俊介お金ないじゃん」
「うわーみっちゃん大好き!」
「それはどうもありがとうございます」
 

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