小説

□孤独な執着。
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「俺ね、先生がすっごく好きなんだ」

そう言って鍵を閉めた進藤は俺に近付く。

「ああ…、うん、ありがとう…」

あまり物事に動じないらしい性格の持ち主の俺は、この学校の数学の教師だった。
こんな俺を好きだという生徒も珍しい。
教師として、何の面白みもないのに。
進藤は大きい目をニコッと霞め、俺に忍び寄る。

「ふふ、本当?先生本当に嬉しい?」

そろそろ生徒も下校して、校内にいる者も少ない。
6時を過ぎている筈だがまだ空は幾分明るかった。

進藤はまた距離を縮める。

「ああ、嬉しいよ」

俺は質問に返答する。
いくら物事に動じないと言っても、こう好意を告げられると思わず顔も綻ぶ。
教師をやっていて良かったなぁと小さく思う。

「先生は俺の事好き?」

「ああ、好きだよ」

「うわぁ、本当!?」

進藤はかわいらしい顔をピンク色に染める。

俺に好きと言われて、こうなる人がいるなんて。
俺、宮谷はそう思った。

今まで人を愛した経験のない宮谷が、今進藤に少なからず影響を与えられているのが宮谷は嬉しかった。

「嬉しいなぁ、先生綺麗だから絶対相手にされないと思った」

「…綺麗?」

「うん」

……綺麗。

俺は進藤を見る。
……綺麗。
それは、男にも使える言葉だっただろうか。

「綺麗なのか?俺は」

「綺麗だよ、凄く。身長高くてスタイルいいし。鼻高いし目切れ長で」

「…いや、うん、はは…そんな…褒めすぎだよ」

「本当だよ」

「…うん、ありがとう」

進藤は俺の顔に触れる。
いつの間に、こんな近くにいたのか。

「先生って…いつも冷静で、冷たい印象だよね」

「うん、よく言われる」

「でも俺、先生はすっごく優しいの知ってるんだ」

「ふふ…なんだ?褒めても何も出ない」

「分かってるよ」

進藤は俺の鼻を触る。
進藤の指が、眼鏡に触れる。

「コレ、よく似合ってるね」

「眼鏡?」

「うん」

「さっきからよく褒めるね進藤…」

「うん、好きだもん」

「……」

好き。
という言葉は、曖昧で困る。
愛してるとは違う。
では好きとは何なのか。
人を愛した事のない宮谷に、分かる筈もない。

「ねぇ、先生」

「うん?」

好きにならない変わりに、嫌われない様にしてきた。
だからこちらも穏便に。
相手を不快にしない様に。
ただ相手に合わせて。

「俺、いっつも先生でしてるんだよ」

「なに?」

さっきからよく喋る子だ。
俺には真似できない。
昔から暗い、地味だと言われ続けていた俺に、進藤は眩しかった。
進藤が、爪先に力を入れる。

「先生は、俺でしてる?」

眼鏡に鼻先が当たる感覚。
鼻先には、熱い感覚。

「…進藤…?」

「俺、先生一筋だよ」

そう言って、俺の体に腕を回した。
小さい進藤は、胸に顔を埋めた。

「…進藤?」

俺は、何をされたか把握していなかった。
…鼻先に、キス…された…?

「しん、」

「先生も、俺の事好きなんだよね?」

何かおかしい。

「じゃあ、して見せてくれないかなぁ」

今の行為、今のは、そう、愛し合っている者同士が行うような行為でなかったか。

「まさか両思いだと思ってなかったぁ」

何かおかしい。

……両思い…?

「先生、ほら早くして見せて。…オナニー」

「…!」

途端に股間を掴まれ、俺は思わず後退する。
違う、だって違う。
俺は好きなんて、『そんな』好きは言ってない…!

「しんど…!」

「ああ、ごめんね先生」

限界まで追い詰められた体を密着させられた。
俺の体に冷や汗が通る。

「違う、しんどう、」

「ふふ、恥ずかしいよね」

「!」

ネットリと、首筋に舌を這わす。
がくがくと震えた。

「ちが、進藤、俺はそうゆう好きじゃない!」

俺は進藤の肩を押し返した。
怖い様な、感覚。
拒まないと逃げ切れないような。

「そうゆう好きじゃないって?」

進藤は俯く。

生徒の声はなくなり、空はいつの間にか暗くなっていた。

「だから、その、好きっていうのは、」

進藤の行おうとしていた行為の先は何となく分かる。
この場合、穏便に事を終わらせる為にどうすればよいのだったか。

「違うんだ、ごめんね進藤、俺はそうゆう好きじゃなくって、」

言い寄ってきた女性は、静かに諭すように説得すると引いてくれた。
進藤もきっとそれで諦める筈だ。

「その…恋愛感情の好きでは、ないんだ、…ごめん」

何度断ってもへばり付いてくる女性も確かにいた。
でもそれは本当に一握りで、進藤はすぐに引いてくれるものだと思った。

だって進藤はとても素直で可愛い、そう、素直ないい生徒なのだから。
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