小説

□キミじゃない。
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ただ自分は、その事実を受け入れたくなかったのだ。
自分はそんなのではないと信じたかった。
しかし実際は違った。頭は否定した。しかし体はそうしてくれなかった。


「もしかして、高橋クン?」

自分の名前を呼ばれて肩が跳ねる。
考え事をしていた。

「え?」
「高橋クンじゃない?高枝高校の」
「…え、…」
「やっぱり!オレ清水!清水啓太!隣のクラスだったんだけどさ、覚えてない!?」

考え事を、していた。

「すっげえ、本当久しぶりだなァ!」
「ああ…」
「何年ぶりだろー8年ぐらいかなー?」

正にこの清水啓太の事を、考えていた。
涙が出そうだった。










考え事をしていたのはたまたまだった。
ふと高校時代の頃を思い出したのだ。靴箱、教室の風景、体育館、教師の顔ぶれ、そして、清水啓太。
清水は隣クラスの生徒だった。いつも明るく男前の、清水啓太。女子は誰しも恋をした。
同性の俺ですら、恋をした。

「まさかお前がゲイだとはなァー」

清水は相変わらず男前の顔で、笑って言った。

「うん、高校の時彼女いなかったからね」
「ああそうなんだ、その時からゲイなの分かってた訳?」
「…まあ、途中からだけど」
「へえ、心中複雑じゃなかった?」
「うん、かなりね」
「あはは、だろうなあ」

仰向けになった体をこちらに向ける。
そして額にキスをした。

「今、彼氏いる?」
「…なんで」

至近距離。
昔の男前の顔に、より色気が増している。
声も低くなっているが重低音ほどでなく、心地良く耳に入ってくる。

「いやー何となく。どうなのかなって」
「いるよ、一応」
「おいおい一応って何よ、本気じゃない訳かァー?」

眉尻を下げて笑う。
これは、高校時代からの癖だと俺は知っている。

「分からない…好きなんだけど、」
「好きなんだけど?」

言いながら耳を撫でられる。
枕に肘を付いて、手の平に顔を乗せていた。
目線を逸らしてくれないので、こちらが適当に目を移ろわせる。

「あ、ここ跡付いちゃった」
「…ああ、いいよ別に」
「彼氏にバレちゃうよ?」
「向こうも浮気してるから」
「あらあら奥さん!それ大変じゃないのぉ!」

大きな声でふざけて言った。大人になっても清水の性格は変わらない。

「でもそれが許せるから『一応』なんだよ」
「んー成程ねえ、それは本気じゃないなァ」

腕を布団に入れ、俺の体を抱き寄せた。そして今度は唇にキスをした。

「俺はね、婚約してる子がいるよ」
「結婚するのか」
「うん、来年の6月にね」

抱き寄せた手で頭を撫でながら瞳を閉じた。
口元は笑っている。

「可愛い子なのか」
「可愛いよー守ってあげたくなるような子だね」
「…そうか、おめでとう」
「アクシデントがあったけどね」

ぺろっと舌を出した。
どうやら俺の事を指しているらしい。

「しなきゃ良かっただろ」
「そうなんだけどさ、高橋がエッチだからさあ」
「何がエッチだバカ…」
「目線がエロかったんですよ奥さん」

にこ、と笑って頭を撫でられた。その行動に恥ずかしくなる。

「…お前、女にもそうなのか」

下を向いて聞く。

「そうって?何が?」
「頭撫でたり…とか、話してる最中にさ、色々するの…」

ああ、という顔をしてにこりと微笑んだ。

「ああうん、割と触るかなァ、甘やかすの好きだしね」
「…へえ」
「高橋は?甘やかされるの嫌い?」

じっ、と見つめられる。
この甘い顔にほだされた女は今までに何人いるのだろうか。
体が熱い。

「…された事ないから分かんない」
「うっそ本当に?ああそっか、男だもんなァ甘やかしたりしないか」
「…」
「守ってあげたくなるような事って男同士だとない?」
「いや、というか、」
「というか?」
「…俺が、無反応だから、」
「うん」
「だから…だと思うんだけど…」

言ってからしまったと感じた。
無言になってしまった。

「いや、無反応というか…ッ」
「無反応?そうかな?」

キョトンとした顔をした。そして、ははと笑ってまた目を閉じる。

「じゃあその男は見る目がなかったんだね」
「…え?」
「だってこんなに反応あるじゃんか。すっごい可愛いよ」
「…」
「うん、可愛い」

もう一度頬にキスをして、身じろいだ。体を持ち上げ、体を跨ぐようにして乗っかる。

「なんかしたくなっちゃった」
「え…、今やったばっか…、」

驚いて目を見開く。
清水は笑っていた。

「お願いーだってなんかさ…」

ちゅ、とキスをされる。
真上から落とされるキスに顔が赤くなった。

「ほら反応あるじゃん」
「ちが、これはお前が…ッ!」
「こら、強がらないの」

右側の頭部を撫でられる。心地いい声が耳に入った。笑顔が眩しい。

「…可愛いよ」
「…ッ」

耳元で呟かれた。
清水の体に腕を回し、俺はぎゅう、と抱きつく。
泣きそうになるのを、我慢する為に。
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