Long novels
□冷静と情熱と、それから
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静まり返る部屋に差し込む月光は仄かに青白い気がする。思い過ごしだろうか。
いや、電灯をつけていないこの部屋を照らす月光は、やはり青い。
まだ荷物の少ないワンルームの中に徐々に月光が満ちていくとともに、心身は溜まっていた疲労を認識し始め、僕を長く立たせてくれない。
引っ越しの際に実家から唯一持ってきた、木製の椅子に座る。小さいときから使っている、唯一のものと言っていいかもしれない。
指が弦を伝い奏でる旋律を、月に捧げる。
まだ寒い、四月のことだった。
冷静と情熱と、それから。
碇君。そう呼ばれて振り返ると、いつ入ってきたのだろうか、部屋の入り口に綾波が立っていた。暗がりに立つ綾波の白さが、際立つ。
「チェロ、弾いていたの?」
うん。そう返事をしつつ、静かに音を宥めはじめる。
止めなくていいのに。そう言いながら綾波は僕の横のベッドまで移動しその細い体をベッドに下ろした。
綾波は目を猫のように細め、僕の指先を追う。
「晩御飯作ったんだけど、一緒にどう?」
チェロをケースにしまうのを見計らって、綾波が立ち上がりながら誘いをかけてくれる。
「綾波の家で?うん・・・、ご一緒させていただこうかな。」
じゃあ来てね。準備しているから。綾波はそう言うと、部屋から出ていった。
僕は椅子をベッドの脇に片付け、まだ新しいカーテンを閉めようと窓際まで近づく。
今夜の月は満月。夜空高く飛ぶ飛行機を尻目に、音が立たないように静かにカーテンを閉め、綾波の家に向かった。