天下御免の傾奇者

□走馬灯
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※吾助の存在は最初から雲の彼方です(ちょw)




米沢・堂森の地には無苦庵と呼ばれる小さな侘びた庵がある。
そこに住まうのは、身の丈の大きい坊主頭の男が一人。

彼の人物の名は、穀蔵院ひょっとこ斉。
今でこそそのような名を名乗ってはいるが、かつては戦国一の快男児と呼ばれた前田慶次という漢である。

そんな彼の元を度々訪れる漢が一人いる。


「息災であったか、慶次殿」
「ああ、まだ死に損なっておるぞ兼続殿」


米沢藩藩主・上杉景勝に仕える宰相…直江兼続。
主に兼続が慶次の元を訪ねる事が多いが、彼が訪れる前には何かしらの勘が囁くのか慶次は自ら街へ繰り出し大量の酒を仕入れて兼続の来訪を心待ちにしていた。


「関ヶ原より早十二年…未だ大阪では豊臣家と徳川家が睨み合いを続けているという」


庵に上がり、月明かりがよく差し込む座敷にて腰を下ろすと同時に兼続はそういえば、と前置きし米沢の外の事を口にする。
こうして兼続が持ちこんでくる情報のみが、今や世間から一線引いて暮らす慶次の唯一の情報源となっており慶次は片眉を上げかつて見えた事のある豊臣家を率いる女大将の事を思い出した。


「…淀殿も、かつての面影すらあらぬようじゃな。風魔と一戦交えたあの時のままであれば、情勢をしっかりと見定められただろうに。さぁ、辛気臭い話はここまでじゃ。早速一献交わそうじゃないか」
「…そうでござるな」


にこにこと齢を重ねても変わらぬ笑みを浮かべ瓢を差し出す慶次に、兼続は小さく笑みを零しながら酌を受ける。
そして彼もまた慶次に酌をするとどちらからでもなく盃の酒を一気に飲み干した。


「…これが、おそらくそなたと酌み交わす最後の酒となろう」
「慶次殿…?」
「そろそろ予感がするのだ」


普段はほぼ無言で酒を酌み交わし、在る程度の情報を慶次に兼続が与える以外の会話は無い。
だというのに、今日は数回酒を煽った所で慶次が何とも縁起でもない事を口にした事で兼続は言い知れぬ不安感を抱いた。

そんな兼続の様子を気に留める事も無く、慶次は更に言葉を続けた。


「それにしてもわしは長く生き過ぎた。捨丸を、利沙殿を、岩兵衛を…そして松風を。わしよりも年若い者達を先に見送り、ここに来てようやくわしの元へも根の国への道が現れおったわ」
「っ…真、なのか」
「ああ。…それに、最近は何をしていても身体がだるいしやる気が起きん」


正直こうして座しているのも辛いところだ、と莫逆の友となってから一度たりとも見た事のない慶次の弱気な姿に兼続は膝の上で強く拳を握りしめる。

そして、己をここへ導いた直感に感謝し慶次に向け口を開いた。


「膝をお貸ししましょう。手前のような男の膝では、硬過ぎでしょうが」
「ふふっ…すまぬ、しばしお主の膝枕を借りるとしよう。…のう、兼続殿」
「はい、なんでしょう」


かつて聞いた、慶次流の膝枕の仕方で本当に眠たそうにしている慶次の頭を撫でながら兼続は彼の言葉を促す。
すると、まるで今の彼の前にはかつての光景が過っているかのように懐かしむ様子で口を開いた。

「……幸村は、どうしておるかのう。秀吉が亡くなる前に会ったきりだったからのう…関ヶ原で我らと共に西軍に立ったのは知り及んではおったが、その後は全くじゃ。伊達殿は、上手い事立ちまわり奥州伊達家を安泰なものとされた」
「…真田殿は、大阪にて徳川と今も戦っておられると…軒猿は言っておった。伊達殿は現在、酒に弱いというのに酒蔵を作っているという」
「流石は、真田の漢じゃな…そして、伊達殿はよき治世をされておるようじゃ。…助右衛門の奴は、きっと叔父御が残しおまつ殿が身を呈して守った加賀百万石を守る為に今も奔走しておるのじゃろう」
「ええ…っ…奥村殿の手腕のおかげか、能登の加賀国は更なる発展をされておられるそうだ」


上から慶次の顔を見下ろしているからか、余計に兼続は気付きたくも無い事に気づいてしまった。
かつての戦友達の事を口にしていく度に、慶次の目が澱んでいく…瞳孔が徐々に開いていく様に。

近付きつつある死の足音を恐れる事無く受け入れている慶次に、兼続は一言告げた。


「…そなたの身は、利沙殿達と同じ所に愛用の煙管と共に埋葬致します。…っ…ゆっくりと御休み下され、慶次殿……ッ」
「ははっ…そう、か…待たせた…のう…りさ、どの……まつか…ぜ……すて、まる……いわ、べえ………ちち、う……え…」


今、そちらへ参る。

そう音も無く紡がれた言葉を最期に、慶次は穏やかな表情で目を閉じた。
まるでただ熟睡しているかのように穏やかな表情。

しかし確実に失われていく体温に兼続はとうとう堪え切れなくなった涙を一筋、零した。


「っ…わしも、近いうちにそなたに会いに行きます故…話の続きは、その時にでも」


約束通り慶次を利沙達が埋葬されている場所へ愛用の煙管と共に葬り、兼続は一度だけ慶次達の墓原を振りかえり深々と一礼し二度と振り返る事無く無苦庵を去って行く。
その七年後…家族や同僚達に看取られ兼続もまた隠れ世へと旅立った。

かつての戦友達や、主と再び会い見える為に―――――









…死に際くらい、弱気でもいいじゃないか。
まぁ、慶次は戦場で散る方がらしいですけれど。

というか史実の実年齢で計算したら慶次はおじいちゃん…ww


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