♪Story♪

□白風
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 良守の様子がおかしいと気付いたのは数日前からだった。
どこかそわそわしていて落ち着かず、ふとした拍子に手首や足首を微かに揺さぶり、指先を動かす。
 それは学校の廊下で擦れ違った時だったり、夜の烏森でも見られた。
いつもなら毎回顔を併す昼寝場所の屋上には姿を見せず、様子を探りにいけば教室の席に座って何か本らしいものをじっと読み耽っていた。
 普段から落ち着かない彼女だったが、あらかさまに様子が変だった。
 夜の仕事を半ばほど過ぎた時刻、敷地内に生えている木の太い枝に体を預け、ぼんやりとそんなことを考えながら限は虚空を見つめていた。
今宵の森には妖はほとんど出現せず、ただ来るのを待つしかなかった。
 三人それぞれ別れて近くに現れたら退治すると決めて二時間程。
やっと現れたと思っても小物ばかりで一分もかからずに退治出来た。
まだ片手でも余る程の妖しか退治していないという非常に稀な夜だった。
だからだろう、普段から人に干渉しない限が人の事を考えるのは。
 いつもと違う良守が気になってしまう。
気になる、意識してしまうなんて今まで一度もなかったはずだ。と、雲のない夜空を見上げながらそれを考えていると、不意に視界の端に何かが映り込んだ。
 ぼんやりとした白い物。烏森の気に当てられた幽霊の類かとそちらに目を向けると、夜風に吹かれて微かにたなびく白い薄布が低い茂みに引っ掛かっていた。
 普段なら近所の洗濯物でも飛んで来たのだろうと思っても気にも止めないのだが、ここは学校。しかも夜という時間帯という場所がそぐわないそれ。
 深く考えずに限は木の枝から飛び降りる。すとんと地面に降り立つと、茂みに引っ掛かっているそれを拾い上げた。
 それは白く手触りが非常に良い薄布だった。
横の長さは両腕を広げた程の長さで、縦の長さは手の指先からせいぜい肘くらいまでの物だ。
布地の向こう側が透ける程薄いが、よく見るとうっすらと淡い水色で蔦模様のような染め付けが所々施されている。
 「……どこから…?」
素人目にもわかるかなりの上質な薄布。
どういった用途で使うのか皆目検討も着かないが、学校にある物でない事は確実だ。
 ふわり、と限の手に握られた薄布が夜風に舞うと、微かにそれから香の香りが広がった。
品の良い白檀の香り。布地に染み付いた香りらしいそれは敏感な限の鼻でも芳しい香りだった。その香の香りと共に、それよりも微かに嗅いだ事のある香りが布地から舞っている事に気がついた。
 『ったくもお。あの子たったら本当に鈍臭いんだからッ』
不意に背後から聞き慣れた声が聞こえ、振り向くと木々の向こうからフワフワと白いものが身をくねらせながら姿を現した。
墨村家付きの妖犬の斑尾だ。
僅かに目を細めながら、ぶつぶつと文句らしい言葉を吐いていたが、限の姿を視界に入れるとぴたりと口をつぐんだ。
『あら、あんたこっち担当だったのね』
「……おい、これお前の主人のか?」
斑尾の言葉に頷き、手に持っていたそれをぐいっと斑尾に向けると、斑尾はふわりと身を翻し限の手元を見た。
『あぁ、良かった。やっぱりこっちに飛んでたのね。見つかって良かったわ。あんたも、拾ってくれてありがとね』
にんまりと笑う斑尾に布を渡すと、斑尾は口に布をくわえながら器用に言葉を紡いだ。
『あんた、よくこれが良守の物だってわかったね?』
「…別に。それから墨村の匂いもしたからだ」
それで言葉を区切ると、一拍置いて言葉を続けた。
 「それ、一体何だ?」
普段ならそんな事は絶対にきかない質問だった。
人との間に自ら溝を作る傾向のある限だ。
溝を埋めるような質問は無意識でもしない。
だが、その質問もまた無意識にきいたものだった。
 限の言葉に斑尾はニンマリと笑った。それはやけに人間くさい笑みだった。
『気になるなら、付いておいで。こっそりね』
「…教えるつもりないなら、いい」
 そこで不意に正気に戻り、自分らしくないと気付いてどこか気まずくて斑尾に背を向け木の上に跳ぼうと足に力を込めると、服の端を斑尾にくわえられ跳ぶのを阻止される。
 限が跳ぶのを止め、怪訝な表情を浮かべて斑尾に振り返ると、斑尾はすぐに限の服から口を離した。
『誰も教えないなんて言ってないだろう?付いておいでって言ったんだよアタシは。珍しいものが見れるし、それの使い道もわかる。気にならないのかい?』
 白い体毛の斑尾がくわえている布に染め付けられた淡い水色が斑尾の体毛で際立つ。
それによって染め付けはかなり繊細な模様なのだと気付いた。
こんな繊細で綺麗だと限でも思う薄布が良守の物だとはどうにも信じられない。いつもの雰囲気と反する物だ。どちらかといえば、この薄布は時音の物だと言った方がしっくりとくる物だった。
 薄布を見れば見るほど自分らしくなく疑問と探求心が沸き上がり、結局限は斑尾に導かれるままに足を自分の担当場所から離れさせた。


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