♪Story♪

□秋雨
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 全ての授業が終わった昇降口は生徒でごった返した賑わいをみせていた。
玄関から出ると同時に色とりどりの傘が開き、ゆっくりと動いていく。
 良守も周りにいる生徒にぶつからないように黄色にオレンジの縁取りのついた傘を慎重にさし、校門まで水が跳ねないようにしながら早足で歩いた。
 「限」
校門の前でいつも待ち合わせをしている限を呼ぶと、紺色の傘をさした限が振り向く。少し肌寒い秋の空気が、限の吐息をほんのりと白く濁らせたのが見えて良守は慌てた。
 「ごめん、寒いのに待たせて」
「…そんなに寒くない。ほら、帰るぞ」
「ホントに寒くないのかよ?鼻、少し赤いぞ?」
「顔はな。身体は制服が長袖だから寒くはない」
 二桁の月になってからすぐに烏森の学校は夏服から冬服に代わり、限は黒い長袖の制服を着ていた。良守も長袖の制服である事には変わりないが、女子の制服は男子の制服より少し薄いのでベージュのカーディガンを羽織っている。
 「ほら、帰るぞ。今日もアパートに寄ってくのか」
「あ、行く。アパート着いたらテスト勉強の英語やろうぜ。オレまだ範囲全部終わってないんだ」
もうすぐ行われる学期末テストに備え、そこは学生らしく勉強をする姿勢を見せる良守だったが、限はジト目で胡散臭そうに見つめた。
「お前数学はいいのか?二次関数さっぱりだろう?」
「言うなよッ!いいんだもん、数学は夜に時音に教えてもらうから」
「そう簡単に雪村が教えてくれるか。今日は数学だな」
頬を膨らませて言う良守に限は少し意地悪そうに言うと、良守は「ひでぇ!」とショックを受けたように叫ぶ。
 いつものように良守が騒ぎだすと限が窘めるように話しながら二人は真っ直ぐ限のアパートに向かう。
 雨は冷たく、粒が大きいのでもうすぐ冬がくるのがそれで解る。地面に跳ね返った雨粒が二人の靴や制服を濡らす。
「うわ、靴下までべしゃべしゃだ。限、アパートついたらタオル貸して。床汚しちまう」
雨で紺色のハイソックスが濡れてしまった事に気付いた良守は冷たい靴下を触りながら限に言う。
 限は良守の言葉に頷き、下を向いて不意にある事に気付いた。
「…おい、コンビニ寄るぞ」
「うん?いいけど、何か買うのあんの?」
アパートに向かう道の途中にあるコンビニを指差し言う限に良守は首を傾げる。勉強しながらつまめるような食べ物なら、良守が毎日何かしら菓子を作って持ってきているので必要はないし、飲み物も冷蔵庫にペットボトルのお茶や良守の好きなジュースやコーヒー牛乳が常備されている。勉強に使う文具類もこの間買ったばかりだと良守は記憶していた。
 限がスタスタとコンビニに入って行くので、良守も慌てて後を折ってコンビニの中に入る。雨の湿気で少し重たいが、やはり建物の中はホッとする暖かさがあった。傘を折り畳んで傘立てに置くと雨水がサァッと傘の布地を伝って流れ落ちた。
 限の買い物はすぐに終わる。必要な物以外一切買わないのだ。買い物に行く前に買うものだけ決めて、それだけを買う。
今日もそうだろうと予想し、良守は出入口の横で待つ事にした。
 予想通り、限は真っ直ぐ目的の物があるらしいコーナーに向かい、何かをつかみ取ると真っ直ぐレジに向かった。
店員と二三言話した後、小銭を渡し商品にシールだけ貼ってもらうとやはり直ぐに良守の所に戻って来た。
「……ほらよ」
「へ?」
シールを貼った何かを限は良守に投げ渡し、良守は反射的にそれを受け取って驚く。
「ァツッ」
「気をつけろ。ホットだ」
「言うの遅いってーのッ」
冷えた手には予想してなかったそれはひどく熱く感じたが、馴れてくるとじんわりとした温かさを伝えてくる。
焦げ茶色に、赤い文字で商品名が書かれたそれはミルクココア。
「…女子、大変だな」
「へ?何?」
「…冬服でも、スカートだしな。足、冷たいだろ」
 限の言葉に良守ははっと自分の足を見た。下半身はスカートとハイソックス。ハイソックスは跳ね返った雨水でぐしょぐしょに濡れ、紺色の筈なのに黒くなっている。スカートの裾も僅かに濡れ、剥き出しのフトモモもしっとりと水滴が無数に付いていた。
 限は一緒に買ったらしいホットコーヒーのプルタブを開け、口を付ける。
「飲め。飲んだら行くぞ」
「え、でもここコンビニの中……」
「店員に聞いたら良いって言った。ほら、早く飲め」
素っ気なくコーヒーを飲みながら言う限の言葉を素直に聞いて、良守もプルタブを開けて口を付ける。
ふわりと甘いかおりが漂い、一瞬熱いと感じて口を離す。
「大丈夫か?」
「ん、へーき」
今度は慎重にふぅっと息を吹きかけてから口をつけると、優しい甘さの温かいココアが身体を心地良く温めた。
「…甘い、あったかい」
「…そうか。温まったら、冷えないうちに行くぞ」
「……うん」
少し不器用な限の優しさが、良守には何よりも温かく感じて微笑んだ。

End
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