♪2nd Story♪

□恩愛
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 「父の日のプレゼント、俺眼鏡ケース買おうと思ってんだけど、良いと思う?」
「…良いんじゃないか」
普段と変わらない夜の烏森。
妖も出現を落ち着いている、ふとした合間の会話。
 六月になり、家族に纏わる記念日が近づいている事から良守は軽く唸っている。
家族仲の良い墨村家ならそういったものを大事にするだろう。
特に家の事を切り盛りしている父親に関する行事なら、力をいれると簡単に予測が出来た。
 良守はぶつぶつと小さな声を出しながら予算を計算し、よし、と息を吐いて満足気に笑った。
どうやら父の日のプレゼントが決まったらしい。
 「限も何かお父さんにプレゼントしないのか?」
 良守のその一言に限はドキリとする。
今だに限は姉以外の家族とは疎遠だ。
黒芒楼との戦いの折に死にかけ、意識を取り戻した時に姉と両親には四年ぶりに顔を合わせた。
姉は泣きながら限の無事に安堵して笑っていた。両親も安堵したようにも見えたが、ぎこちなくも感じていた。
 それは限も同じで、両親にぎこちなく接していた。
 まだ実家にいた頃よりは溝は少ないはずだが、やはり姉以外の家族は苦手だった。
 「……贈らない。…俺の親父も困ると思う。一度だってやったことねえし、お袋にもやった事ねえんだ。今更だろ」
素っ気なく言い放つと、良守は目を丸くする。
 それ程驚く事かと、限は息を吐き出しながら思う。
少なからず、良守は限の幼少を知っている。両親から無視されるようにして育ったのだから、贈らなかったとしても不自然ではないはずだ。実際、当時通っていた小学校の授業で父の日や母の日に関した物を作る事があっても、限は作らなかったし、授業参観の報せのプリントを親に出した事もかなかった。
両親はその事に対して限に訊く事も、問い質して叱る事もなかったのだ。
 「そっか…。……じゃあ、今年から贈ろうぜ」
良守は少し淋しげに言い、にこりと笑って限を見上げた。
「距離、お姉さん以外の家族とも縮めなきゃ。手始めに一般的な行事から手を出すんならやりやすいだろ」
 良守の言葉に、今度は限が目を丸くした。
良守の言葉は確かに一理あるのだが、早々に互いの間に存在する溝は簡単に埋まるものではない。
 戸惑いながら、良守の提案を却下しようと言葉を探していると、良守は限の手を取った。
 「手伝うからさ。な?少しずつ、やろうぜ」
良守の楽しげな弾みのある声を聞くと、漸く探し出した却下の言葉は喉の奥で押し留まった。
 彼女はやると言えば必ずやり遂げる人間だ。自分のように途中で諦めたり、悩む事はあっても投げやりになることはなかった。
出会って一年以上経つとそんな事もわかってきていた。
 良守とだって、出会った最初の頃はギスギスとした険悪とした雰囲気だったが、現在では互いに想いあうような仲になっている。良守が自分を引き込むようにしていつの間にか築かれた仲だ。
 そんな良守が手伝うと言うのなら、気乗りしない難しい事も出来るような気がするから不思議だった。
 結局、限は良守の言葉に否を答える事はしなかった。


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