♪2nd Story♪

□Spice Time
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 ケホケホと苦しそうに咳込む声が聞こえる。
背中と腕に軽いと思える重みと普段より高い体温が伝わってくる。
 咳込む度に限の肌にいつも以上に熱い息がかかり、その度に限はちらりと背負った良守を見た。
 半分しか開いていない黒目がちな目は潤み、僅かに赤みを帯びている。いつもはふっくらとしている唇は乾いて見た目だけでもカサカサとしているのがわかった。
落ちないようにと限の前に回された腕は自分の手首を掴んでいるが、力が入っていない。
 「…大丈夫か?」
「……うん」
限が僅かに動揺したように訊くと、良守は小さく頷きながら掠れた声で返事をした。
 昨日の夜からどうやら調子が悪かったらしい良守は、今日になって学校で発熱してしまった。
登校して間もない時間帯に激しく咳込み、顔色の悪さに級友達に保健室に担ぎ込まれ体温を計るとかなりの高熱が弾き出されたのだという。早退するという話を聞き、限も学校をサボる事にした。 学校にさほど興味のない限にとって、良守がいないとなるとそれは益々大きくなるのだ。
 自分の担任には熱が高い良守を自宅まで送り届けたら『学校に戻る』と嘘を言って許可証を貰い、保健室で横になっていた良守を背負って午前の明るい時間に下校していた。
 財布ぐらいしか入っていない自分の鞄と、良守の鞄を腕にひっかけ、力のない良守が背中からずり落ちないようにゆっくりと良守の自宅に向かう。
 見慣れた町並みを歩き、十数分もすると良守の自宅にたどり着いた。
良守が落ちないようにしながら門を押し開けながら訊く。
「鍵は?」
「…開いてると思う」
良守の言葉に、玄関の引き戸を行儀が悪いと思いつつ足で開けると、確かにすんなりと戸は開いた。もう一度良守がずり落ちないように背負い直しながら、限は家の中に響くように声をかけた。
 「御免下さい」
良守を家族に引き渡そうと、家の中にいる彼女の家族を呼ぶが、誰も姿を現さない。
「御免下さい、誰かいませんか?」
再度声を出すが、家の中は静まり返っている。
 「……あ、そうだ。今日、父さんもジジイも、出掛けてるんだ…‥」
朝に鍵かけてから学校行くんだよって言われてた。と良守は掠れた声で続けた。
 「…そうか。じゃあ、家に上がるぞ。お前の部屋まで行くからな」
「…うん」
家族に引き渡せば、あとは家族が看病してくれると思っていた限は、突然の事態に頭を悩ませながらも、熱のある良守を放っておく事は出来なかった。
 何度か入った事のある、玄関に程近い場所にある彼女の部屋に入ると、布団が綺麗に敷かれていた。
乱れている様子もないので、家族の、恐らく父親だろうが昼寝をする良守の為に敷き直しておいてくれたのだろう。
 良守を布団の上に下ろすと、良守は掠れた声で限に礼を言いながら布団の中に制服のまま潜り込んで行く。
その様子に呆れながら、良守の鞄を机の上に置いて訊く。
「喉渇いてないか?飲み物持ってくるか?」
「……うん、水欲しい」
「わかった。汲んでくるから、せめてその間に寝間着に着替えろ」
 家の間取りは何となくわかっていた限は、そのまま寝そうな勢いの良守にそう釘を刺すと、台所に向かって足を進めた。
 明るく日差しの差し込む廊下は普段の限の知る墨村家とは打って変わって静寂に包まれていた。
誰もいない、という以外にも一番騒がしいだろう良守が静かなのが一番の理由にも思えてくる。
 そんな事を考える自分に苦笑を浮かべ、台所に入ると手近な食器棚からグラスを一つ取り出す。
蛇口を捻り、僅かに温い水が冷たくなるのを待つ間にぐるりと台所を見回した。


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