♪2nd Story♪

□初夏の二人
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 放課後、限は久しぶりに自転車を漕いでいた。
自転車なんて、夜行に所属してから乗る事も触る事もなかったが、流石にバランスの取り方や漕ぎ方は体が覚えていてふらつく事はなかった。
 ありすぎる力でペダルやハンドルを壊さないように加減しながらも、力強く学校の裏山に続く坂道を登っていく。
 この自転車の本来の持ち主である良守は、限のカバンを自分のカバンと一緒に体に引っ掛け、自転車の後ろに座り落ちないように限にしがみついている。
 その顔は普段より早く流れていく自転車の景色に顔を高揚させながら楽しげに笑っていた。
 裏山に続く坂道を限が自転車を操作し進み、途中途中の曲がり角で良守が指を指しながら指示をすると言われた通りに方向を変える。
下り坂になると限はスピードが出過ぎないようにブレーキをかける、その反動でしがみついている良守の体はより限の体に密着した。
 いつもなら限の背中にあるカバンはないので、自然と良守の耳は限の背中に付く形となった。
初夏の風を切る音と共に、じんわりとした心地良い体温を感じ、次にしっかりとした鼓動の音が耳に届いて良守はふわりと安堵したように微笑んだ。
 「おい、良守。次どっちだ?」
限は自転車を減速させながら、後ろを向かずに良守に訊いた。
その声にハッとして良守は前を見ると次の曲がり角にきていた。
「えっと、次は真っ直ぐ」
良守が指示を出すと、また自転車はシャァと軽やかな音を発しながらスピードを上げ、大きな曲がり角を通り越してそのまま真っ直ぐに細い道に入り込んだ。
 舗装のされていない細い道は茶色い地面が露出し、所々に平べったい車前草が薄い緑を飾っている。
それまで走っていた道に比べるとでこぼことしていたが、ふらつく事もなく自転車はそのまま走り続けた。
 学校が終わり、限のアパートに行く前に二人で良守の自宅に寄った。
良守の着替え為に寄ったのだが、その際に良守の祖父にお使いを頼まれた。
知人の家に物を届けるだけのお使いだったが、そんなに時間もかからないだろうと二人は請け負い、どうせなら楽しようと良守の自転車を引っ張り出した。早く用事も済ませたいと、良守も着替えたり荷物を置く事もせずに自転車に乗り込んでいた。
 力のある限が自転車を漕ぎ、知人の家を知っている良守が後ろで道筋を教えるという役割で二人は墨村家から出発した。
 普段通らないというだけで、その道は何処か新鮮だった。
 裏山の近辺の道である所為で上り坂が多く、それも知らない土地に来ているかのように感じられる要因の一つだった。
 上り坂を上がる時は、平坦な道を進む時よりバランスが必要で、お互い落としたり、振り落ちないようにと無意識に体が密着していた。
 その体制が、どういうわけか良守には付き合っているという実感が沸き上がってくるもので、クスクスと嬉し気に笑みが込み上げてきた。その度に限は怪訝そうにちらりと後ろを振り返ったが、何でもないと良守は首を振り笑った。


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