♪Long Story♪

□飛白傷〜かすりきず〜
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 楽しげな笑い声が部屋中に響いている。
夕食後の、就寝までの空いた時間は一家だけの時間として大切にしている。

 自分達一家に増築してまで与えられた離れにある一室は自分達夫婦と幼い子供二人で暮らすには充分な広さで、布団を敷いてもなおテーブルを部屋の隅に置く事が出来た。

 布団を押し入れから出している間、良守は風呂上がりの子供達の髪を丹念に拭いている。
長男は自分と同じ髪質だから、髪が濡れたまま眠っても癖は残らないが、次男は良守と同じ髪質だ。濡れたまま眠ると翌朝凄まじい事になる。
それ以外にも、寝冷えして子供達が風邪をひかない為の予防でもある。

 「ぱぁぱッ、あそぼッ」
髪が柔らかい為、時間が掛かるので先に髪を拭いてもらって乾いたらしい次男の快が布団を押し入れから下ろしていた自分の、限の足にしがみつきニコニコと笑いながら言う。
「あッ!?かいだめーッ!せーもあそびたいッ」
「わッ、こら誠ッ!動くなって」
良守に髪を拭いてもらっていた誠が快の言葉に反応してパタパタと手足を動かすので良守が慌てて怒ると、誠はみるからにシュンッとなる。

 いつもの光景に苦笑しながら、限は布団を置いたまま畳の上にあぐらをかくと、小さな快の体を軽く持ち上げる。

 キラキラと目を輝かせる快の瞳は自分と同じく釣った目をしているのに、そういう無邪気な輝きは良守に良く似ている。

快の体を小さな放物線を描くように、怪我をしない角度で畳んだままの布団の上に放り投げると、快はキャーと楽しげな悲鳴を上げて布団の中にぽふりと落ちる。
すぐに布団の中から抜け出し、限に駆け寄ってもっともっととせがむ。

 最近の子供達のお気に入りの遊びだった。
幼いと言ってももう体の大きくなってきた子供達に良守がこれをやるのは無理で、この遊びの相手は限が請け負っていた。
何度か繰り返して快の体を布団の上に放り投げていると、ずっとうずうずしていた誠の髪も漸く拭き終わって遊びに参加してくる。
最初のうちは一人ずつ放っていたが、子供達がなおもせがむので一緒に放り投げてやる。

 二重に子供達の楽しげな笑い声が響き、二つの軽く、柔らかい音も響いた。
二人同時に投げても限は苦ではないし、子供達も両親である自分達譲りの反射神経で器用に兄弟でぶつかり合ったりしないように受け身を自然と取っている。



 こんな光景が、自分に訪れるとは限は夢にも思っていなかった。絶対、一生自分は一人で結婚はおろか、恋人も出来るとは思っていなかったのだから。
夜行の任務だけで人生を過ごし、そのうち自分の失敗で任務中に死ぬか、老人になるまで生き延びられたとしても一人で孤独死が関の山だと、そんな人生も受け入れる心構えでいた。

 それなのに、大切な人が出来て、結婚して、子供までいて、今は例え死んだとしても一人で静かに死んでいくのは御免だった。
もし自分が死ぬ時は、この自分の家族に看取られたいな、等と小さな幸福を思うし、それ以上に死を考えたくなかった。
この温かな幸福をずっと感じていたいと、切に願っている。

 子供の頃から、限は一人だと感じていた。
唯一自分の傍に居てくれるのは姉だけで、その姉も切り裂いてしまった時に完全にたった一人になったのだと思った。


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