永遠を貴方と
□二十三話
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「もー少しで腰が抜けるとこだったじゃない!」
「失礼ね!あたし腰抜けるような顔してないわ!」
「………ι」
「女の喧嘩は煩いねぇ……片っ方は男だが」
ギャンギャン喚く美朱と柳宿の喧嘩を耳に、鬼宿の家を目指す。
「もー、いい加減にしてよふたり共!」
なかなか口論を止めないふたりに「さっきのは柳宿が悪い!」と言えば、美朱は「ほら、やっぱり柳宿が悪いじゃない!」と私の腕にしがみついて柳宿にベーッと舌を出す。
そんな美朱の頭をベシッと叩く。
「美朱も調子に乗らない!ちゃんと前見て歩かないとコケるよ?!」
「うぅ…ふぁい…」
美朱は私に叩かれた頭を抑えてしぶしぶ返事をした。
「へへーん、怒られてやんのぉ」
「柳宿ぉ?」
おとなしくなった美朱を笑う柳宿をひと睨みすれば、柳宿はピタリと黙った。
「ほら、もう鬼宿の家見えてるよ」
そう言って前を歩く鬼宿の背中を追う。
「柳宿、絶対尻に敷かれるね…」
「…あたしもそんな気がしたわ…」
美朱と柳宿が私に聞こえないようにボソボソとそんな会話をしていたけど、私の耳にはバッチリ聞こえていた。
後で覚えてなさいよ!
そう思いながら追いついた鬼宿の背から風に乗って鉄の臭いが鼻をかすてピクリと眉を寄せる。
「―――ッ?!」
それには気付かずに鬼宿はバタンと扉を開ける。
「親父!オレだよ、帰ったぜ!忠栄、春敬、玉蘭、結蓮――――、」
待って!と思って鬼宿の肩に伸ばした手は、真っ赤な惨劇に行き場を無くしてダラリと垂れた。
真っ赤……よりはもはや黒…
一面に、
「……親父…?……玉蘭…忠栄…?…春敬…結……」
テンテンッと鬼宿の手から離れた鞠が床を跳ねる。
「…な……んだよこれ…、…嘘だろ?だって…」
あまりの残虐さと、おびただしい血の臭いにグラリとよろめくと、トンッと支えられた手に涙が溢れそうになる。
「なんで…こんな…」
「…兄…ちゃ…」
息を飲む空気の中、聞こえた声にハッと眉を上げる。
「兄…ちゃん…」
「…結蓮!!」
「兄ちゃ…」
ハッハッと苦しげな重い息と小さなか細い声。
「誰だ?!一体誰がこんな…」
「…兄…ちゃ、おかえ…り、姉ちゃ…も」
美朱を…こっちを見つめる小さな目に、声をあげて泣きたくなるのを必死に耐えた。
「…結蓮…ね、姉ちゃ…におくりもの作…」
「結蓮!!ジッとしてろ!!!喋るんじゃない!!」
そんな鬼宿の思いとは裏腹に、結蓮ちゃんは言葉を続けた。
まるで今じゃないとダメだと思っているみたいに…。
「結…蓮、い…子に…してた…ょ」
いい子にしてたら鬼宿は帰ってくる。
きっと…誰かに言われて、ずっとずっと我慢してきたんだろう…。
「兄…ちゃん、も…どこ…にも行か……ない…?」
「…ああ…行かない…行くもんか!!もう兄ちゃんどこにも行かない!!」
鬼宿は耐えるようにギリッと歯をくいしばる。
「これからはずっと結蓮と一緒だ!だから――」
死ぬな――ッッ!
願った。
誰もが…
強く、強く…、
「よかっ…た…」
安心したように笑う結蓮ちゃんの顔は、とても穏やかで
「…兄…、」
鬼宿の頬に伸ばす血まみれの…震える小さな手が、
その温もりを伝えずにパタリと落ちた。
「結蓮…?」
さっきまで私達を見つめていた小さな瞳が瞼に閉ざされたのをみて、自分の愚かさを呪った。
「結……、ウソ…だ…こんな…なん…で」
私は何にも分かってなかったんだ。
分かったふりして今の今まで分かってなかった。
「…なんでだよ――――ッッ!!」
昨日と同じ明日が必ず来るなんて…、そんなことわからないって分かっていたはずだったのに。
優しさで溢れていると思っていた世界が、プツリと音を立てて途切れ、ドロリと悲しみで広がった気がした。
そう思ってしまうくらい理不尽で。
どうしてこの子達が殺されなければならないの
強く握りしめた手がギリギリと悲鳴を上げた。
優しい世界が作れるなんて嘘。
護らなきゃ
それこそ全部。
じゃなきゃ優しい世界なんて訪れない。
自分の周りだけ、
そう思っていた自分がひどく浅ましい。
殴ってしまいたい。
めちゃくちゃに、
鬼宿の家族を殺した人じゃなくて
自分を。