君が笑っていた 僕が笑っていた

□君が笑っていた 僕が笑っていた
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よく出来た 恋愛物語 のような出来事だった…

ある製鉄所に勤める ある男 は金属八年目にして職長になった。物語は ある男…

…広田亜紀…

が職長になり一年が経とうとしてる梅雨時から始まる。

アキ『なぁ、エイジ…最近またおかしくなってないか?』

エイジ『会社か…まぁな不景気はわかるが、少しはやる者の気持ちを考えて欲しいよ…』

アキ『…あれじゃまた前と同じだ…』

エイジ『俺が指落とそうが誰かが命落とそうが、結局はその時だけの話…そんなもんさ…「会社の不注意で貴方の指を飛ばして仕舞いました。お詫びにこれだけ払うので勘弁してください…」金を払ってそれでおしまいだ。
…起こった事故を教訓に安全職場を確立しよう…
なんて言ってるが、結局偉いさん達は生産性しか見てない…
アキが確立させた操業方法は安全を維持する為のはずが、お偉いさん達は安全より生産性向上に繋がった事の方に
興味を示し喜んだ。あいつの死も、あの事故で苦い思いをしたことも、誰ももう意識してないよ…』

アキ『…そうだな…』

エイジ『意識していれば俺とおまえは今こんな話してないはず…』

アキ『…確かにね……なぁエイジ…』

エイジ『なんだ?』

アキ『…おまえ指落として仕事辞めようと思わなかったのか?』

エイジ『…その質問は結構残酷だろ?…』

アキ『…そうだったか…すまん…』

エイジ『…辞めようと思ったなぁ…けど…指がない だけで人はあれこれ詮索する。実際それを露骨に口にされた事もあった。だから、よそに移りたいと思っても、面接で相手はどんな印章を持つだろうと思った。
…仕事で指を落としました…
正直に言って絶対に良い印章は与えない。社内なら 経緯や原因は明確だが、一歩外へ出ればそうはいかない。あれこれ勝手に想像をされて自己の不注意だと見なされるのがオチ。だから転職に夢も希望もないよ…いくら資格があっても指落とすような仕事をするやつは雇えない…
それが現実だ…
悲しいが、俺が何の不自由なく恐い思いもしたことのないような面接官ならそう思う…』

アキ『…』

エイジ『けどお前は俺が指を落としたのを境にあれこれ 違う おかしい と思う事を上に意見し始めたのを凄くよく覚えてる。それに、俺がイラついてオマエにあたっても優しくしてくれた。燻ってたら外へも連れ出してくれたし、色んなとこ連れてってくれたし…そのおかげで随分楽になれてたんだぜ…指を落としたときクレーンの運転手を引きずり降ろして
「なんで合図も無いのに動かした!」
ってぶん殴ったのを後で病院で後輩に聞かされた時は流石に笑ったよ…
おまえらしいなぁ…って…泣けもしたけどな…おまえは元々そういう性分なんだろう…
そんなのを見てたら会社はお金でケリをつけて一時は 人の価値 ってなんだろう?って考え込んだりしたけど、そんな風に思って動いてくれるやつがいると思うと俺もそれなりに価値があるんだろと思えたよ…』

アキ『…あたり前だろ…価値のない人間なんていねーよ…』

エイジ『…なぁ…そろそろ…こんな湿っぽい話、止めないか…俺は今日、惚れた女に会いに行くわけだし…付き合わせて悪いが…』

アキ『…だなぁ……』

アキの頭の中は最近の会社の体制に対する怒りが多く、過去の苦い経験から得た教訓が生かされるのは、いつもその時だけで、上はそれを崩す為に存在しているのか?と疑問も抱いていた。

エイジ『…アキ…ここだ…』

アキ『ふ〜ん…なんだか古臭ぇなぁ…』

店員『あ、いらっしゃい!もう指名の娘、待ってるよ…』

アキ『はぁ?…あんた予約までしてたの…ハァ...』

エイジ『…たりめーじゃん...じゃ、先入っとくよん…』

アキ『…ブッさいくな笑顔しやがって(笑)必死か!(笑)』

男ばかりの現場のせいか 異性 と接する機会は皆無に等しく 人肌恋しい と言うのか?本能が 女性 を求め 欲望を満たさせる事を商売とする店が立ち並ぶ昔で言えば 女郎屋 いわゆる 赤線地帯 へ時に足を運ぶ事があった。風俗営業法 売春禁止法が有るにも関わらず、そんな店がなくならないのは、なんだかの形で そこで生まれた金の一部が お上に 流れてるからであることは言うまでもない。
その日は同僚かつ悪友でもあるエイジに半ば無理矢理連れられアキも同行したのだ。

店員『お兄ちゃんは誰ちゃん?』

アキ『…て言われても……じゃ適当に…おばちゃんのセンスに任せるよ...』

店員『私あんまりセンスないわよ…フフ…』

アキ『…へ!?』

店員『冗談よ(笑)じゃぁ凄く良い娘呼ぶわね…入って入って…』

六畳の部屋に通された。殺風景な部屋の隅に布団が畳んで置いてあり、その横にちっぽけなテレビ。部屋の中央辺りに座椅子とテーブル。テーブルの上にはちゃちな灰皿が置いてあった。アキはテレビのスイッチを入れ音声を
聞こえるか聞こえないかほどに
絞った。外は雨。テレビ音声に紛れて雨音が響いてる…。
アキの頭の中はさっきまでのエイジとの話が渦巻いていた。
…苦い出来事の怒りを良いもの変えたとしても時間が経てば痛みなんか忘れ去られ、都合の良いものばかりが残る…現に今の状況はあの事故当時に戻ってる…俺は生産性向上を目指したんじゃない…エイジの痛み…あいつの命…身を持って教訓を残した者の思いは…人の価値…ってなんだろうか…?

物思いを打ち破るかの様に部屋のドアにノック音が響きドアが開いた。

娘『こんばんは…』

俯いた顔が上がりアキは彼女の顔を凝視して仕舞う。

娘『…こんばん…わ?…』

アキは我を取り戻すように慌てて返事をした。

アキ『…こんばんは…』

娘『どうかしました?…そんなじっと…』

アキ『…い、いや…別に…』

彼女は微笑むと部屋の中に入って来た。

娘『あ!フレグランス…良い匂い!…私の好きな感じ…』

アキ『…そう、それは良かった…』

娘『仕事帰りですか?…』

アキ『平日が休みで…今日は休みだった…』

娘『どんな仕事なさってるんですか?』

ありきたりの言葉で隙間が生まれないようにするかの様、どおでもいい会話が続く。

アキ『工場で物を作ってる…製造関係だ…』

と答えながら最近の仕事にまた意識が戻され、無意識にきつい口調で答えて仕舞った。

娘『そうですか…どんな物作って…』

アキ『悪いけど、休みの時に仕事の話はあまりしたくないんだ…』

娘は少し微笑むと言った。

娘『…男の人は大変ですね…結構深刻みたいね…ごめんなさい…』

アキ『あ…ごめんこっちこそ…あなたはなにも悪くないよ…正直うまくいってなくて…つい…ま、色々あるわ…ごめんね…』

娘『…いえ…』

会話は途絶え沈黙が襲う。アキがさっきまでの自分の物思いに頭を支配されていようが目の前の彼女はあくまで 彼女の仕事 を進める為に存在している。

娘『じゃ…そろそろ…はじめますか?…』

アキの様子を伺う様に娘は言った。

アキ『…うん…そうだね…』

娘『部屋の電気は?…消した方が良い?…』

アキ『…そうだね…』

アキはどうでも良かった。そんな気になれないでいた。
娘は立ち上がり電気を消すとアキに背を向け衣服を上から脱ぎ落とした。
下着だけの背中があらわになった。テレビの青白い光がチラチラしてた。白過ぎるぐらい真っ白な肌がアキの目に映った。
アキも立ち上がり上半身を脱いだが、彼女の素肌があまりに綺麗すぎて 触れても良いのだろうか? と何故だかそんな事を思ってしまい余計と そんな気 を遠ざけアキはそれまでの会話とは全然関係ない質問をしていた。

アキ『音楽は好き?』

娘『…へ?…は、はい好き』

娘は少し驚いた様に下着の着いた胸元を両手で隠し顔だけをこちらに向け答えた。

アキ『どんなの聴くの?』

娘『…Japaneseは聴かないなぁ…洋楽ばっかり…』

アキ『…そりゃいい…俺、音楽が凄く好きで…俺も洋楽ばっかりだなぁ…で、どんな?』

少しだけ彼女の表情が和らいだ様に見えた。そして体をゆっくりアキの方へ向け答えた。

娘『…洋楽でもアメリカは聴かない…北欧、イギリス、アイスランドとか…そっちの方…』

アキ『じゃぁ…』

アキはそっち出身アーティストを二、三 言ってみた。

アキ『…とか好き?』

娘『え!どおして!?』

アキ『俺もそっちの方の音楽が好きでね…色々聴くよ…』

彼女は嬉しそうにあれこれアーティストを言いはじめた。アキはその言葉の途中で

アキ『…なぁ?…』

娘『…なんです…か?…』

アキ『…絶対に抱かないといけないのか?…』

娘『…え?…』

アキ『…抱かないといけないか?』

娘『…いや…けど…お金が…』

最近頭の中を渦巻いてる物事のせいか、それに繋がる言葉が思わず口を突いて出た。

アキ『…人に値段は付けれないでしょ…』

娘『…え?………』

彼女は暫くアキの目を見つめながら黙ってしまった。少し涙ぐむように見えたが、見るみる鋭く殺気立った目付きに変わりアキに言った。

娘『…本気で言ってるの?』

ついさっきとは打って変わり口調は荒く、声も重くなっていた…

アキ『…だってそうだろ?…なにか気に障る様なこと言ったかな?』

娘『そんな事言う人がなんでお金払って 女買いにくるわけ?』

彼女の口調は荒さを増し、アキは少し笑って答えた。

アキ『…それもそうか…説得力ないよな…』

アキは再び座椅子に座り煙草を深々と吸い正直な心境を彼女に話した。
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