長編

□●NO.1 16Pまで
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 「ねえ、部長」
「うん?」
 そっと手塚を見上げた。少し細められた眼。表情に乏しいとよく言われていたが、リョーマにはそう思えない。
 案外ロマンティストで、結構激しい。優等生でいて野蛮。神経質なのかと思いきや、ぞんざいだったり。垣間見える色々な顔。
 全部欲しいと思う。
「俺はアンタの全部が欲しい。アンタの一番になりたい」
 テニスも、心も。その存在全てを手に入れたい。
「全部とはどういう意味だ?」
 小首を傾げた男は、リョーマの言葉を待っている。もう後には退けない。
 覚悟を決めるように小さく息をついた。
「ライバルで、ステディで、家族みたいな感じ? そんなのになりたい」
 手塚のたったひとりに。他の誰よりも近くに。
 腕を組んだ男はしばらく考えていたが、真っ直ぐにリョーマを見た。
「ライバルはクリアだな。俺はおまえをそういう存在だと思っている」
 そうでなきゃ、困る。リョーマは大きくうなづいた。
「家族も…そうだな。今、おまえ程近しい相手はいない」
 素直に嬉しい。思わず頬がゆるんだ。
「ステディというのは、恋人という意味だろう?」
「うん」
「おまえはそれでいいのか?」
 真剣なまなざし。ごまかしもはぐらかしもせず、リョーマのことを考えて答えている。だからこそ、この男に惹かれた。
「俺がそうなりたいんだけど…アンタさえよければ」
 たったひとりとの特別な関係。
 もし赦されるのなら。
 辺りに視線を走らせたリョーマは、にやりと笑った。。
「ねえ、キスしてみません?」
「越前…?」
 何か言う前に伸び上がって合わせた唇。ゆっくりと離れたリョーマを呆然と見ている手塚がやけに可愛く見える。
「どう? 気持ち悪い?」
 鼓動が早鐘を打つ。ここで拒まれたら立ち直れない。それでも、一歩を踏み出さないと、この先変わらない関係のままそばにいなければならない。そんなのは嫌だ。
 触れるだけの口づけでも、平然としていられないのに。
「気持ち悪くは…ないが」
 眼鏡の奥の惑う眼。手塚のこんな表情は珍しい。
 自分だけに向けられた、手塚の気持ち。
 どんな結果になってもかまわない。このひとが欲しい。
「俺のこと、そんな風に見れない?」
「……正直言うと、考えたことがない」
 どこまでも真面目に答えてくれるのが嬉しくて、リョーマは頬をゆるめた。
「じゃあ、考えて」
 もう一度。ゆっくりと口づける。手塚は拒まない。唇の間にそっと舌を滑らせて誘い出す。ざらりと絡まる不思議な感触。
「ん…っ」
 持て余す熱を掌で握りしめ、そっと離れた
「きっとキスだけじゃ足りなくなるよ」
 眼鏡の奥の眼が、リョーマの知らない色を帯びる。
 何かが変わる。そんな予感と確信。
「考えられんないなら、今から考えて」
 ──俺のことだけ。
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