パラレル

□○バレンタイン・キック 1P
1ページ/1ページ


 部活帰りの空は鉛色。東京にも雪が降るだろうと天気予報でも予想されている。
 青春学園中等部に入学して初めての冬は、部活で明け暮れる毎日だった。それが苦だとは思わない。毎日好きなテニスをして過ごせて、手塚は満足していた。
「ねえ、手塚。明日は男子も休みなんでしょ」
「ああ」
 今日は女子テニス部の不二と一緒に帰っていた。特に約束をした訳ではないが、誘われて断ることもない。不二とはクラスは違うが同じ部活で、また同じ一年生レギュラーとして仲のいい友達だ。
「だったら、僕と…」
「──手塚君!」
 不二の言葉を遮ったはずんだ声に振り向くと、ライバル校の生徒が手を振っている。
 千石清純。明るい個性的な色の髪が目立つ、山吹中学校女子テニス部の生徒だ。
 二月の半ば、粉雪がちらつきそうなのに短い丈のスカート。同じ青学の菊丸もそうだが、寒くないのかと感心する。
「ここで会えるなんてラッキー!! 学校近いのに滅多に会えないんだもんね」
 山吹中は男子テニス部は目立たないが、女子は関東大会上位の常連だ。特にダブルスは関東でも一、二を争うレベルで、青学ともよく競い合っている。
「会えるって…君が来たんだろう? しかも亜久津まで一緒だし」
 不二のいつもよりもトーンの低い声に、亜久津と呼ばれた女子生徒がすごんだ声で唸り返す。
「…んだとコラ」
 珍しい丈の長すぎるスカート。耳にはピアスをぶら下げて。いわゆる不良と呼ばれる生徒に凄まれ、不二は鼻で嗤う。
「千石につき合って来るなんて、君も暇なんだね」
「あぁ!? 今なんて言った」
 阿修羅の形相の少女を、千石が軽くいなす。
「あー、亜久津。喧嘩しないようにね」
「…うるせえ!!」
 睨み合うふたりに構わず、千石は手塚に向き直った。
「ねえ、手塚君。今日が何の日か知ってる?」
「…知らないことにさせて欲しいが」
「勿論知ってるよね! じゃ、もらってくれる?」
 差し出されたのは、水色のリボンのついた小さな袋だ。
「亜久津! 何してんの君も」
「俺には関係ねえ…」
「またまたー。用意してるの知ってるよ! 早くほら」
 避ける亜久津のスカートのポケットを探ろうとしている様子は、じゃれているように見える。かたわらの不二は冷え冷えとした表情のまま。
 手塚は溜息混じりに呟いた。
「悪いが受け取れない」
「えー、何で? 彼女いないんでしょ」
「僕らからのももらってくれないんだから、当然だろ」
 密着する千石との間に不二が割り込むように滑り込んだ。
「へえ…君も断られたの。じゃあ僕にもチャンスあるよね」
「聞いてる? 手塚は誰からも受け取らないって」
「うんうん」
「それに、手塚はそんなはしたない丈のスカートは好きじゃないんだ」
「ふーん…? ミニスカの嫌いな男子なんていないと思うけど?」
「その辺の男と一緒にしないでくれるかな」
 手塚が口を挟む間もなく、舌戦が繰り広げられている。
「射手座の今日のラッキーアイテムはミニスカートだよ」
「その占い外れてるんじゃない? 魚座のラッキーアイテムはチョコレートだけど」
「不二君のはおまじないというよりも呪いって感じだよね!」
「…君も呪って欲しい?」
 火花を散らした言い争いに、道行く人々が視線を向けている。そろそろ近所迷惑になってしまいそうだ。
「おい、おまえ達…いい加減に」
 言いかけた時ふと感じた視線に振り向くと、亜久津がじっと見ている。いつになく静かな様子が所在なげに見え、声をかけずにはいられなくなった。
「…亜久津? どうした」
「…っ、何でもねえよ!」
 かすかに頬が赤い。色白だから余計に目立つのだ。
「具合でも悪いのか?」
 大人しすぎて奇妙だ。熱でもあるのか。額に掌を当てると、亜久津は眼を見張って飛び退いた。
「なにしやがる!!」
「熱があるんじゃないか? 額が熱いぞ」
「余計なことすんじゃねえ!」
 いつの間に喧嘩を止めたのか。両脇から伸びた手が手塚の肘を引いた。
「亜久津、ずるいな〜抜け駆けは駄目だよ?」
「そうだよ。君、その気がないふりして手塚を誘惑するのやめてくれない?」
「誰がっ…」
 亜久津の白い面がじわじわと染まっていく。湯気が出そうだな。手塚が思った瞬間。
「くそっ! バカヤロー!!」
 叫ぶなり、少女は手塚の臑を蹴って駆けて行った。
「ちょっ…手塚に何するんだよ!!」
 追いかけようとする不二の手首を掴んで引き止める。
「いいから、不二…」
「でも…っ」
「ごめんね。あいつ照れ屋さんだから」
「凶暴な犬は首に縄つけて繋いでおけば?」
 低い唸りに、千石は肩をすくめた。
「からかい過ぎたかな。手塚君、大丈夫?」
「ああ。大したことはない」
 結構な脚力だったが、痛いだけだ。
「亜久津は一体何を怒っていたんだ?」
「うーん、乙女心は複雑って所?」
 蹴り出した時に一瞬見えた脚。すんなりと伸びて綺麗だった。普段隠されているから余計に印象的だ。
「綺麗な脚だったな」
 思わず呟くと、千石は大きな眼を丸くした。
「手塚君って結構ムッツリだったりする?」
「君、失礼だよ。本当のことでも言っていいことと悪いことがあるよね」
「まあ、いいや。手塚君。来年は受け取ってもらうよ!」
 亜久津を追いかける千石の足は速い。綺麗なフォームが眼を惹く。
「…面白いな」
「面白くなんかないだろ、手塚のバカ!」
 不二はそっぽを向いた。亜久津も不二も、何を怒っているのか分からない。
 ──今日は一方的に罵られてばかりだ。
 チョコレートを受け取らないとか、彼女を決めないとか。他にもよく分からないことで馬鹿だの鈍いだの言われ、臑を蹴られ 。
 馬鹿はないだろう。そう思うが、少女達は言いたい放題で。
 バレンタインとは何て面倒なんだ。手塚は再び溜息をついた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ