パラレル

□○Waltz 1P
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 宮殿は淡い色の花で溢れている。雪深い立海国にはまだ春が来ていないというのに、甘い匂いが漂っていた。春を祝うワルツを奏でる弦の音色に心が浮き立つようだ。
 立海国の女王の誕生日を祝う式典に招かれた跡部は、賓客の中に彼を見つけた。
 どこにいても分かる。青学独特の刺繍の入った長衣がその引き締まった体躯を引き立たせていた。まわりの女達がしきりに秋波を送っているが、身分の低い者からは話しかけられない。
 跡部に気づいたのか。手塚は唇の端を上げた。
 氷帝とも馴染みの深い、隣国の王。
「踊らねえのか?」
「…ワルツは苦手なんだ」
 踊れないわけでもないくせに。ゆったりとした旋律の中、跡部が声をかけると、控えていた従者達が漣のように退いていく。少し離れた場所で待っているのだろう。
「よお。久しぶりだな」
「ああ」
「おまえも来ていると思ったぜ」
「招待されたからな。名代を立てることもないだろう」
 同い年の女王とは親しい間柄だ。手塚と同じく幼い頃から知っており、気の置けない友人でもある。それだけに、気づくこともある。
「ふん…ここの女王もてめえに執心してるって噂だぜ」
「幸村がか? そのような話は聞いたことがないが」
 噂話を手塚の耳に入れるような強者はいないだろう。また、幸村も手塚に気取られるようなことはしない。だが、手塚に対する態度と他の男に対するものが違うのは、跡部にも分かる。
 政治や外交の手腕はあっても、色恋には鈍い。そんな手塚を好きなのは自分だけではない。分かっていても、心が騒ぐ。
「俺様をふったんだ。幸村になびくなよ」
「…ふられたのは俺の方ではないのか?」
 手塚は訝しげに呟いた。
「あぁ? 誰が誰をふったって?」
 美しい眉を吊り上げた跡部に、男は釈然としない表情だ。
「いつだったか、俺と来ないか聞いたことがあっただろう」
 ──俺と来るか。
 確かに言った。だが、それは。
「おまえは俺を拒んだ。それが答えではなかったのか」
 跡部は拳を握りしめた。
「…てめえ俺様を何だと思ってんだ」
「氷帝国の女王だ」
 手塚は不思議そうに小首を傾げている。
「…だったら察せよ。ほいほいてめえについてなんて行けねえんだよ」
 好きになっても仕方がない。そう自分に言い聞かせてみても。
 気持ちはなくなることはない。想いは募るだけ。
「では、俺はおまえにふられていないということだな」
「は…っ、それがどうかしたか?」
 男は薄く笑んだ。禁欲的なのにどこか色めいて見える端正な面に、鼓動が跳ねる。
「どうもしない。確かめたかっただけだ」
「そうかよ」
「俺はもうすぐ退出する」
 到着が早かったのだろう。逗留期間を終えた手塚は、明日には国に帰ると言う。
「…もう帰んのかよ」
「おまえももっと早く来れば良かったんだ」
「無理言うな。国の行事は抜けられねえ」
 手塚はおもむろに左の手を差し出した。
「一曲どうだ?」
「踊ってやってもいいぜ。俺様の足、踏むんじゃねえぞ」
「お手柔らかにな」

 ワルツは苦手だと言っていたくせに。他の誰とよりも踊りやすい。跡部の気持ちを抜きにしても委ねてしまえる、安心感のあるホールド。
 長身のふたりが優雅に、だが大胆なステップで踊るワルツに、周囲から溜息が洩れた。ゆったりしたターンに、ドレスの裾がふわりと揺れる。
 跡部のしなやかな身体をリードする男は、切れ長の眼を細めた。何か囁いたようだが、聞こえない。
「……手塚?」
 曲が終わって身体が離れる前に、男は美しい動作で跡部の左手を取った。そっと押し当てられた唇。
「また会おう、跡部」
 ──手の甲に残された囁きが熱い。

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