O奥
□○秋の宴 1P
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秋晴れの空は澄み切って雲一つない。この日、十七の歳を迎える城主の祝いの儀が行われる。
青学城主、手塚国光の奥御殿に住まう者達が勢揃いするのは、年始と城主の生誕日の宴くらいだろう。
御殿の中でも一番大きな広間に、着飾った側室達がぞくぞくと集まっていた。
「圧巻だね」
手塚の最初の妻であり家臣の娘でもある不二が、儀式がはじまる前に面白いものを見せてあげるとリョーマを連れ出したのは半刻程前。屏風の陰からだが、広間の様子がよく分かる。
一際眼を惹くのは氷帝の跡部か。この日のためにあつらえたのだろう。黒の小袖に、鮮やかな色柄の打掛が着る者の美貌を際立たせている。ルドルフの観月の打掛は、純白に淡い色の刺繍が入っている。確かルドルフで去年出来た絹で作ったと言っていた。
「あとべー派手だねー」
便乗でついて来た菊丸が、乗り出して見ている。
「相変わらずだね…英二、もうちょっと後ろでね。覗いているのばれるよ」
「やば…」
慌てて後退った菊丸の隣で、リョーマは初めて見る光景に目を見張った。
「…すごいっスね」
ぽかんと口を開けたリョーマを、優しい眼の不二が見ている。
「沢山で驚いただろう?」
「あれ、おチビどしたの?」
「……こんなにいるんだ」
知らなかった。小さく呟きながら見上げると、不二はくすりと笑った。
「うん。手塚も大変だよね」
側室だけでなくお目見え以上となると、何人いるのか。局から出ない相手には、普段会うこともない。
「そろそろ僕も行こうかな。英二、越前を頼むよ」
「まかせてホイホイ〜」
不二は家臣の娘だが、御台所の補佐として側につくことになっていた。
城主の両脇には御台所と不二が。その供として御台所、桜乃の祖母で奥女中の最高位である女臈御年寄、竜崎スミレが、不二には奥御殿を仕切る御年寄の華村が、それぞれ控えている。
そして氷帝の跡部、不動峰の橘など、他国を代表する側室から順に並んでいた。
「おチビ。オレ達も行こっか」
「……っス」
こっそりと戻った末席には、あまり緊張感がない。ほとんどの者が国交絡みで輿入れしていて、身分のないのは菊丸と、ここにはいないが忍びの海堂くらいかもしれない。
菊丸と同様、小姓として召し上げられたが、旅の一座出身のリョーマには属する国がない。背負うものがない分、気楽にはしていられる。
手塚の幼なじみであり筆頭家臣の乾家の養子になる話もあったが、断った。リョーマはリョーマのままで、手塚のそばにいることを選んだ。
「…何人くらいいるんスか」
「んー、何人だろ。数えたことないし」
こんな部屋があったんだと驚くような大広間の向こう側に、手塚がいる。静まり返った中、祝いの儀がはじまった。
「去年と多分同じと思うけど。挨拶が終わったら御膳が出るよ。すっごくおいしかった」
「へー…楽しみ」
菊丸がこっそり耳打ちすると、上席の竜崎が鋭い視線を走らせた。
御膳が配られると、余興がはじまった。不動峰の城主、橘の妹姫が琴を奏でているようだ。
「それ、いらないならもらっていいっスか」
「いいよん。沢山食べて大きくなるんだぞー、おチビ」
「…余計なお世話っス」
周囲が上座に注目しているのをいいことに、リョーマと菊丸は御膳の好物を交換していた。竜崎や華村に見られたら大目玉をくらうことは間違いない。
ざわめきに顔を上げると、そこには跡部が立っていた。
「おい、てめーら何してんだ」
尻尾を踏まれた猫のように飛び上がった菊丸は、相手を見て安堵の息を吐いた。
「なーんだ。びっくりするだろ〜誰かと思った」
「おい、越前」
「…何スか」
「舞ってやれ。手塚が淋しがってるぜ」
リョーマには余興の依頼は来ていなかったし、こんな大勢の前で舞うつもりもない。
「アンタに言われて舞いたくない」
睨み合う二人の間で緊張感が高まる。
「いいから来い」
リョーマの肘を取った跡部は、無理やり引っ張り歩き出す。
「ちょ…アンタ酔ってんの?」
宴席には酒も出ている。酒くさくはないが、酔っているのかもしれない。よく滑る畳の上を引きずられながら、リョーマは溜息をついた。
城主の席まであと少しの所で、跡部は立ち止まった。
「おい、連れて来てやったぜ」
「すまないな、跡部」
手塚が薄く笑む。見慣れた端正な面。
「…リョーマ」
名前を呼ばれるだけで。
「俺におまえの舞を見せてくれないか」
このヒトのためなら、何でもしてあげたいと思った。
「…いいよ」
注目の中進み出る。見守るような眼。好奇の眼。だが、これくらいの人の視線、舞台に立っていた頃と比べたら何でもない。
リョーマを揺るがせるのはただひとつ。
──手塚の視線だけ。