他校

□●fake it 1P
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 部活が終わり、手塚は部誌をつけていた。顧問との話があったのでいつもよりも遅い時刻。秋の夕暮れはそっと忍び寄る。
 すでに陽は傾いて、辺りは薄闇に包まれようとしていた。
 戸締まりを済ませた時、不意に部室の扉が開いた。
「手塚。まだ居たのか」
「…大石?」
 副部長の大石が顔を覗かせている。随分前に帰ったと思っていたが。
「菊丸はどうした?」
「英二は先に帰ったよ。俺はおまえに用があって…」
 感じた違和感に振り向いた手塚は、すっと眼を細めた。
「何の用だ、仁王」
「…つれないのう。おまんに会いに来たぜよ」
 立海大付属中学男子テニス部でも最も怖いと言われている仁王は、コート上の詐欺師の二つ名を持つ。
 プレイスタイルやテクニックをほぼ完璧に模倣して自分のものとするイリュージョンは、見る者も惑わせる。誰かを模倣することについて賛否はあるようだが、技をそのまま再現するだけでなく姿形まで変わったかのように思わせるそれは、才だけでなく経験や鍛錬を積んでこそ。
 全国大会では不二と対戦して、手塚や白石の技を駆使していた。自分の全てを模倣されたとは思わないが、ここまで観察されていたのかと不思議な気持ちになる。
 接点はなかった。あの日偶然街で会わなければ、言葉を交わすことすらなかっただろう。
「おまんは俺に会いとうなかったか?」
 話が合ったわけでもない。なのに離し難くて、遅くまでふたりで過ごした。
 もう帰らなければならない時間。駅のホームの物陰で近づいた唇を、手塚は避けなかった。弾力のある不思議な感触。交わした口づけの熱さに思わず抱きしめた身体。
 ここがどこかとか、相手が他校の男子テニス部の部員だとか、考えもしなかった。
 手塚にとってあれは、自分でも説明の出来ない出来事だ。
「俺は会いたかったから来たんじゃが」
 返事をしない相手を気にする様子もない仁王は、照明のスイッチを押した。薄暗い部室の中で、淡い色の髪がやけに目立つ。
「この間の続きをしようぜよ」
 身長があまり変わらないせいで顔が間近に来る。変装やイリュージョンを解いた仁王の面には不思議な美しさがあった。
 触れた唇。薄く開いた間から滑り込ませた舌を仁王は軽く噛んだ。誘いに口の端を吊り上げ競うように絡め、呼気を奪い取る。
「…時間がないと余計に燃えるもんじゃのう?」
 部室に満ちる黄昏の色。それは胸騒ぎと共に深くなる。
「やってみんしゃい。好きなように、の…」
 薄く笑いながら掌を取り、頬を寄せる。少し冷たい肌が触れる。
 だが、微動だにしない男に、仁王は軽く唇を尖らせた。
「その気にならんか? だったら」
 ふっと空気が変わる。目の前にいるのは。
「…どうしたの? 手塚。早くしようよ」
 不二の顔で、声で手塚を誘う。これはイリュージョン。
「ねえ…手塚?」
 しなだれかかった相手を、手塚は押し戻した。
「やめておけ」
「不二はお気に召さんか。誰がいい? 誰にでもなれるぜよ…」
 色めいた表情。眼だけが変わらない。
「早く俺様を抱きやがれ、アーン?」
 壮絶な流し目。跡部も色気のある方だが、仁王本人のそれが滲み出ているようだ。
「手塚ぁ…! ぐずぐずしてんじゃねえよ」
 髪を掻き上げ白いうなじを見せつける。確かにこれは扇情的だ。だが。
 見たいのはこれではない。
「それはもういい」
「…手塚?」
「おまえ自身を見せてみろ、仁王」
「……後悔せんか?」
 仁王の嫣然とした笑み。それは彼の本当の姿。誰かを通してでない、仁王自身。
「しない──」
 シャツのボタンを外すとあらわれた肌。それは不思議な白さだ。眼の慣れた薄闇の中、浮かび上がるように淡く光っている。
 無駄のない綺麗についた筋肉。野生の獣のようにしなやかで、一瞬触れることを躊躇させられる。だが、一度触れてしまえば止めることは出来ない。
 抜き出したシャツの裾から差し入れた手で肌を探り、はだけた胸許に唇を寄せる。
「あ…ぁあ……てづか」
 鼻にかかった声が甘い。尖った胸の先に歯を立てると、かすかに肩が震えた。なだめるように撫でながら、背中のくぼみをたどっていく。
「おまんの指……凶悪じゃき」
 崩れるように床に転がった仁王は、吐息混じりに囁いた。前をはだけた姿と相まって凄まじい光景となっている。
 下腹の熱さをやり過ごす。まだ誰の肌にも触れたことはない。まして同性との行為など考えたこともない。だが、この切羽詰まった熱はまぎれもない欲望だ。持て余し気味に腕を組むと、仁王は肘をついて起き上がった。
「じっとしてろよ」
「おい…」
 立ちつくす手塚の前に膝をつき、前をくつろげゆっくりと唇を寄せる。舌先が触れたかと思うと、熱い口腔に包まれる。強烈な感触。
「仁王…っ、よせ」
 上目遣いに手塚を見ている。このままでは口の中に出してしまう。身体を離そうとするが、仁王は小さく首を振った。
 ややあって吐き出したものを、そのまま飲み下す。行為自体が初めての手塚には、それが普通のことかも分からない。
「…すまない」
「かまわんぜよ…のう、手塚」
 誘うように自ら開いた下肢。すでにたちあがったものに触れる。嬌声が甘い。もっと声を上げさせたくて口腔に含むと、器用な指が手塚の髪をくしゃりと掻いた。
「ん…てづか……」
 見上げるとそこにある潤んだ眼。濡れた唇。染まった肌。思わず息を呑んだ。
 片膝を立てたその奥にあるつつましやかな場所。ここに自分を埋めたい。
「かまわんぜよ。早く…」
 指先をゆっくりと挿し入れる、熱い体内。絡みつくような感触に手塚は眉を寄せた。
 中を探ると甘い息を洩らす、触れられることに慣れている相手に。感じたのは渦巻く焦燥。
「おまんはアレか」
「……何だ」
「処女じゃなければ駄目ってヤツか」
 薄い笑みがどこか淋しげに見える。
「気にしても仕方がないだろう」
「そうじゃな。悪い。我慢してくれんか」
「……そんなこと、どうでもいい」
 今、自分の前に身体を投げ出している。その事実だけで充分だ。
「本当かの…?」
 答えることもなく下肢を抱え、身体を進めた。指で探るのとは違い、なかなか深い所までは埋められない。
「く…っ……」
 押し殺した呻きに動きを止めると、仁王は小さく息を吐いた。
「力を抜け…そうだ」
 汗ばんだ肌を探りながらゆっくりと揺らす。ゆるくたちあがったものに触れながら、馴染ませるように肌を合わせる。少しずつ退いては分け入る熱い体内。
 強張った身体がほどけていく。
「あっ…あぁ…てづか…っ」
 手塚が達すると同時に、仁王は腹を濡らした。


 窓の外に広がる夜空。月の光が部室の中を照らしている。すでに身繕いを済ませた手塚に身体を拭かれながら、仁王は満足げな笑みを浮かべた。濡らしたタオルが冷たいのか、肩をすくめ眼を細める。
「気持ちいいのう…」
「良かったな」
「おまんもな。思ったより上手かったぜよ」
 誘ったくせに、最後は身をまかせるままになった。あれが芝居だとしたら大したものだ。だが。
「…おまえ、本当は初めてだったんじゃないのか」
「プリッ」
「慣れているふりをしただろう」
「ピヨッ」
 真面目に答える気がなさそうな相手の髪を、手塚はゆっくりと梳いた。眼を細めた仁王は、何か言いたげに見ている。
「どうした?」
「俺は詐欺師じゃき、おまんを騙しているのかもしれんぜよ」
「──それでいい」
 騙されていたとしても、構わない。初めての衝動をもう少しあたためていたい。
「変わった男じゃな」
「人のことが言えるのか?」
「お互い様ってことか」
「そうだ」
 この先どうなるか分からない。このままつき合いが続くかも分からない。それでも。
 指を絡めると、握り返す。指先の力を信じてみたい。
「たまには会えるといいのう」
「…そうだな」
 俺は淋しくなんかないぜよ。仁王の呟きに、手塚は薄く笑った。

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