○越前2
□○真夜中の逢瀬 1P
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少し話があるから。そう言って部屋を抜け出した。
明日の起床時間を考えると、ゆっくりしてもいられない。U−17合宿に参加するために集まったからには、必要なことをこなさなければ意味がない。
慌ただしかった初日も終わり、ハードな練習が終わるとすぐに休んだ者たちもいるようだが、手塚の同室の三人はまだ起きていた。
ごゆっくり。不二は含みのある口ぶりで笑い、白石は青春だエクスタシーだと楽しそうだ。幸村は誰と会うとまで言っていないのに、ボウヤによろしくと小さく手を振った。
寮の二階の廊下の端は、大きな窓から差し込む月の光で白い。
三ヶ月振りに会ったリョーマは、少し背が伸びたようだ。それでも目線はあまり変わらない。
「間に合って良かったな」
合宿の誘いがあった時に浮かんだのは、夏の終わりにアメリカに発った恋人のことだった。武者修行に行って来る。それだけ言い残して行ってしまったが、他の誰にも何も告げていなかったらしい。
彼が招聘されないわけがない。そう確信していたが、自分も参加するのだと連絡があった時には喜びが湧きあがった。
「ホントはもう一便早いので来たかったんだけど」
「…いい心がけだ」
思わず呟くと、リョーマは唇を尖らせた。口づけを誘うような唇。最後に交わしたのはいつだったか。
「俺、もうそんなに遅刻ばっかしてないんだけど」
「おまえの遅刻にはハラハラさせられたからな」
「…蒸し返さないでよ」
元々、リョーマには遅刻癖があった。試合の受付に遅れそうになったこともある。少しずつ減っていたが、時折大きく遅れることがあった。
とどめが、全国大会決勝戦だ。特訓に出ていた軽井沢で記憶を失ったリョーマが戻るまで、堀尾が身代わりを務めていた。故意ではないにせよ、今までの遅刻の中でも一番大変だったものだ。
あの時リョーマを会場へ連れて来るため、記憶を取り戻すために沢山のライバル達が協力してくれたのは、リョーマが愛されていたからに他ならない。
「ここって大きな合宿所だね。こんなに沢山来てるって思わなかった」
「喧嘩はするなよ」
「ふーん。心配?」
顔を覗き込むリョーマの額を軽く小突くと、大きな眼が細められる。
「心配はしていない。おまえは皆に可愛がられているからな」
誰もがリョーマを放っておかない。それはよく分かっている。クールでそっけないけれど、可愛いことを皆もう知っているのだ。
全国大会への間、そしてこの合宿と。リョーマのことをよく知らなかった他校の生徒達も、その本質を知ると惹かれずにはいられないだろう。
「ねえ。アンタは可愛がってくんないの?」
手塚の眉根の皺に指先で触れる。
「アンタしか出来ないやり方があるじゃん」
幼い面に浮かべた蠱惑的な笑み。今すぐに抱きしめたいけれど。
「──次に会う時は覚悟しておけ」
「ちぇ…駄目か」
肩をすくめながら、リョーマは溜息をついた。だが、溜息をつきたいのは手塚も同じ。
「ここをどこだと思ってるんだ」
「合宿所。それが何?」
せめて同じ部屋であれば、もっと別の触れ方も出来るかもしれないけれど。
「どこでも関係ないよ」
抱き寄せた、まだ腕の中におさまる身体。少し高い体温。離れていた間も懐かしく思っていた、小さな身体。
「ねえ、好き」
「ああ」
「会いたかった」
言葉を惜しまない恋人に、手塚も応える。
「俺も…おまえに会いたかった」
見上げる眼。
──誰に見られても構わない。
ゆっくりと交わす、囁き混じりの口づけ。