長編

□●one on one 19P完結
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 「ごめんなー、手塚」
「おまえが居るのに、何をしている」
 忍足と呼ばれた眼鏡の男も旧知の仲なのか、手塚と親しげに話している。
「これがなかなか難しいんやわ〜言っとくけど、俺は平和主義者なんやで?」
 優男は気を失った跡部の頬をそっと撫でると、傍らの大男に指示を出した。
「樺ちゃん、頼むわ」
「ウス…」
 大柄な男が跡部を担ぎ上げる。長身の跡部を軽々と抱いたまま立っている姿は、何とも言えない迫力があった。
「当分オイタは出来ん思うけど。何かあったら堪忍な」
 ぐったりとした身体を気遣う忍足は淋しげに呟いた。
「俺がもーちょい強かったら良かってんけどな…」
 跡部が強い者にしか興味ないのは、周知の事実だ。幼い恋心が手塚に向かっても、止められる者は誰もいなかった。
「初恋が忘れられへんのは俺も同じやから。しゃあないわ」
 気長にいくし。ひらひらと手を振った忍足は、憎めない笑みを残して戻って行った。


 肩から腰にかけて裂けた傷口が痛々しい。包帯で巻かれた背中にリョーマは触れることが出来なかった。
 救急箱で応急手当を施しただけだが、骨に至る傷もなく休養すれば治るようだ。谷には医者はいないので緊急時には山に運ぶが、そこまでの怪我にはならなかったのが幸いだ。
 手塚のジャケットは千切れてただの布になってしまったので、急遽サイズの合った上着が肩に掛けられている。
「部長…ごめん」
「謝るな」
「でも…」
 手塚はもつれた髪をくしゃりと撫でた。
「それより、怪我はないか」
「あ、うん。俺は大丈夫」
 男は光を纏ったままのリョーマを眩しそうに見ている。
「いい光だ」
「…うん」
 いつか手塚が話していたような、強大な力。掌だけでなく全身にみなぎる力がリョーマを満たしている。これがそうなんだと今なら分かる。
 ──柱になれと言うのだろうか。
 手塚の望んだ後継者に。この光を持ってすれば不可能ではないだろう。
 リョーマは白い光を放つ掌を握りしめた。
「アンタの言う通りになったね」
「越前…?」
「俺って結構強かったみたい」
「ああ」
「つがいは解消する? そしたら春になったら男に戻れるかもしれないし」
「越前、俺は…」
「アンタが言ったんでしょ。柱になれって」
 次代の長に。それは手塚との別れを意味する。分かっているくせにそれを望んだ。
 責めるのでもなく淡々と呟くリョーマの拳に、冷えた指が触れる。
「──そばに居てくれ」
「部長…」
「おまえに次の長になって欲しいのは本心だ。だが」
 言葉を切った手塚は、リョーマの左の拳をほどいた。そのまま握りしめる、ひと回り大きな掌。
「俺のつがいはおまえしかいない」
 真摯な眼は苦しげに細められている。
「そばに居てくれ」
「うん…うん」
 抱きしめられないのがもどかしい。リョーマはただ掌を握り返した。
「お二人さん。盛り上がってる所悪いんだけど、場所を変えない?」
 このままでは身体が冷えきってしまう。不二の声に二人は立ち上がった。
 さっきまでの戦いの影響で垂れ込めた雲が空を覆っている。薄暗い岩場にはもう誰も居ない。
 冷えた風が頬を打つが、繋いだ手はあたたかい。
「…帰るぞ」
「──うん」
 手塚の家が帰る場所になっている。
「ねえ、部長」
 眼で問いかける男に、リョーマは願いをこめて囁いた。
「子供が出来なくても、アンタとつがいでいたい。身体が戻っても、アンタのつがいでいたい」
「…山に帰れなくてもいいのか?」
「もしそうなったら一緒にどこかに行こうよ。アンタとなら、どこにでも行けるよ」
 しがらみも何もかもを捨てて二人で。一緒ならどこにでも行ける。
「──ああ」
「最初から知ってたよ」
 アンタが俺を変えるヒトだって。薄く笑んだリョーマの囁きに手塚は眼を細める。
「…俺も知っていたぞ」
 俺を動かすただ一人だと。低く甘い声が耳許に落ちる。
 言葉と共に触れた唇は、笑みの形に結ばれた。


 END
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