長編

□●one on one 19P完結
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 秋も深まり、谷は急に涼しくなって来た。
 陽射しが傾くにつれ風も強さを増し、寒さが苦手なリョーマには今でも充分冷える。ここの冬は半端ではないと皆に脅されるが、初めてなので想像がつかない。
 長である手塚は何かと忙しくしているので、リョーマにばかり構ってはいられない。その分、不二の家で夕食をご馳走になることが多くなった。
 いくつかの部屋が集まった年長者の住まいは、留守がちなのかいつ行っても静かだ。不二の部屋は小さいながらも片づいていて過ごしやすい。リョーマは少し前まで苦手だったのが嘘のように入り浸っていた。
 実家が寿司屋を営んでいるという河村に料理を教わっている不二は、なかなかの料理上手だ。手料理を土産に河村も訪れ、和やかな夕食の時間を過ごしていた。
 山に帰ったら料理人になろうかなと笑う。時折とんでもないメニューを考えるが、料理は概ね美味しい。
 食後のデザートに出されたパイをかじっていると、洗い物を終えた不二がマグカップを手に戻って来た。
「ココアでいい?」
「アリガト、不二先輩」
 礼を言いながら受け取ると、不二は自分用に用意した紅茶のカップをテーブルに置く。
「そういや、跡部ってヒト知ってます?」
「うん。氷帝の長だよね」
「偵察に来てましたよ」
「へえ…跡部が来てたの」
「何か変わったヒトっスね」
「結構面白いだろ? あいつも僕達と同い年だよ」
「ふーん…」
 手塚もそうだが、リョーマの二つ上なだけには見えない。二年後に身長が伸びたとしても、自分があのような体格になるとは思えない。元々の骨格が違うのだろう。両親ともがっしりとしたタイプではないリョーマは、不二のようにどちらかと言えば細身に成長するのかもしれない。
「跡部は一昨年山を下りて、すぐに氷帝の長になったんだ。相手を探したのは去年からだけど…」
 俺様のつがいになれ!! 強烈なプロポーズ。
 エリアを越えた求婚に、手塚は応じなかった。
「部長に振られたってことっスか」
「まあね。手塚は僕を選んだから」
 破れた恋の意趣返しか。どこか誇らしそうな口調で話す不二も、跡部に含む所はなさそうだ。派手で勝手なだけの男に見えたが、案外違った面もあるのかもしれない。
「今はあんなのだけど、可愛かったよ。一人で乗り込んで来て、向かった奴らみんなはねのけて」
 真っ直ぐに見つめる姿が浮かぶような気がする。手塚の気持ちは揺るがなかったのか。
「部長とは…」
「直接は何もなかったね。当時はまだ手塚が長じゃなかったし」
「大和先輩ってヒト…」
「そう。よく知ってるね」
 いつか手塚が話していた、長になるきっかけになったというヒト。そして跡部。
 ──自分の知らない手塚の世界。
「でも、氷帝なのに何で部長のこと知ってたんスか」
「手塚は一年ほど旅をしていたから」
 谷に住んで間もない者がエリアから出ることは珍しい。まして、山から下りて一年目で外に出るなど。
「旅って…なんで?」
「谷に下りた時から、手塚は誰よりも強かったんだ。だから当時の先輩達と反りが合わなかったってわけ」
「でも、大和先輩ってヒトとは、仲が良かったんですよね」
「うん。でもね。他の人達には手塚が邪魔だったんだ。だから」
 一人でエリアの間をさまよう、流れ者のような生活。入り組んだ谷を抜け、森へ分け入り小さなテントで暮らす淋しい日々。
「こっちに戻って来た時は僕達と一緒に過ごしていたんだけど、外に出てることの方が多かったな。吹雪が続いた時に丁度氷帝の近くに居たから、少し世話になったって聞いたよ」
「ふーん…? 別のエリアなのに」
「長が客として受け入れたら、構わないんだ」
 部長の権限はどこでも同じく絶大なようだ。当時すでに跡部が長だったのだから何の問題もなかったのだろう。
「エリアが違うのにつがいになれるんスか?」
「うん。本人達がそれを望んでいたらね。変化した方のエリアに行くことが多いかな」
「じゃあ、もし部長とあのヒトがつがいになったら」
「手塚は変化しないから氷帝に行くことになるね…そんなことはさせないけど」
 くすりと笑う不二は、ひやりとすることを平気で言う。無意識に放った青白い光が小さく揺れた。その迫力は、確かに手塚に次ぐ力の持ち主なのだとリョーマに伝える。
「手塚のいない青学なんて、つまらないよ」
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