長編

□●dawn glow 40P完結
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 シャツを羽織った手塚は、窓辺へと向かった。
 夜明けの色がやわらかく空を満たしている。鳥の声も聞こえない、高層マンションの大きな窓から見える景色。あの朝二人で見たものとは違うが、どこか似ている。
「……部長?」
 様子がおかしい。前屈みになって窓ガラスにもたれかかっている。駆け寄ると、微動だにしない男の横顔は蒼白だ。
「頭、痛いの? ねえ、大丈夫?」
「大丈夫だ…」
 声を絞り出すのが精一杯なのだろう。苦しげに寄せられた眉間の皺の深さがその苦しみを伝える。リョーマは息を呑んだ。
「…っ、大丈夫ってカンジじゃないじゃん!」
「……いい。気にするな」
 ゆるく首を振ろうとするのをとどめて、手塚をベッドに座らせる。
「そうだ…忍足さん」
 救急車は呼べない。だが、何かあった時の為にと、忍足の電話番号を聞いている。
 慌てて取り出した携帯電話で跡部の秘書と連絡を取ったリョーマは、到着までの間手塚の冷たい指を握りしめていた。


 手塚はしばらく入院することになった。迎えに来た忍足の車で病院に向かい、以前入院していた特別室に入った。主治医の診察と検査を受けている間、リョーマは誰もいない面会室で待っていた。どれだけ時間が経ったのか。自分でもわからない。
 ドアの開いた音に顔を上げると、忍足は軽く手をあげた。
「越前。えらい待たせてもうたな」
「どうだったんスか」
「んー。微妙や」
 歯切れの悪い返事に、思わず声が尖る。
「微妙ってどういうこと」
「異常はないねんけど、何か負荷がかかったみたいやって」
「負荷?」
 困ったように眉を寄せた忍足は、薄く笑った。
「無理した言うか。よっぽど強く思い出そうとしたんちゃうか」
 手塚に真実を話さなかったのは、混乱させてはならなかったからだ。雪山で遭難して、凍ったまま見つかった男が蘇生された段階で生じた記憶の混濁。それによる日常生活への影響を少しずつ取り戻すために、誤った思い込みを正さず、手塚の思い出すままにまかせていた。
「あんまり色々考えんで養生しやなあかんねんけど…そうもいかんみたいや」
 変化があったとすれば、リョーマの存在だ。
 ──俺は何故おまえを覚えていないのだろう。
 疑問に思ってくれて、思い出そうとしてくれて嬉しかった。
 だが、自分が手塚を苦しめるのなら。
「わかりました。しばらく…来ないようにします」
 うつむいたリョーマの肩を、忍足が軽く叩いた。
「堪忍な。その内また大丈夫になるやろ。ちょお我慢して」
「──はい」
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