長編

□●dawn glow 40P完結
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 試合が近づくとあまり会えなくなる。それまではとリョーマは足繁く手塚の許へと通っていた。
 落ちた筋肉を取り戻す為の筋トレにつき合った後、土産にと持参した煎餅をかじりながら、いつものソファーでくつろいでいた。緑茶の馥郁とした香りが清々しい。

 「俺は卑怯だな」
 ぽつりと呟いた手塚に、リョーマは小首を傾げた。
「なんで?」
「おまえのことを可愛いと思うが、跡部のことも大事だと思う」
「それでいいじゃん。俺はアンタに選べなんて言わないし」
「おまえは俺を奪うんじゃなかったのか?」
「うん。でも、今すぐじゃなくてもいい」
 気持ちが離れたのではない。待つことを覚えただけだ。
「アンタがここにいるんだから、待つのは平気」
 行方の知れなかった頃と比べれば苦しくはない。手塚はここにいるのだ。顔も見られる。声も聞ける。
 ──触れることだって。
「だが…」
 眉を寄せた手塚の唇を、指先で止める。
「ねえ、跡部さんはこのこと知ってるんでしょ」
 リョーマと関係を持ったことを。
「ああ」
「アンタのことだから、話してると思った」
 うまく取り繕うことの出来ない、不器用な男──隠し事の苦手な。
「…おまえは俺のことがよく分かるんだな」
 手塚は不思議そうに瞬きをした。その表情はいつもより幼く見える。忘れそうになるが、まだ十九のままなのだ。リョーマ達の経て来た七年間は、この男にとって取り戻せない時間だ。
 だが、七年経っても心は変えられなかった。
「そりゃあ…好きだからね」
 好き。ことある毎に告げて来た。本当の気持ち。もう隠すことはない。
「俺には跡部がいるんだぞ」
「…うん」
 言葉にされると痛い。それでも、黙って見ていただけの時よりもましだ。
「それでもいいのか」
「しつこいよ、部長。いいって言ってんじゃん」
「こういうのは何だ……二股と言うのではないか」
「アンタが一人しかいないんだから、しょうがないんだけど」
「そういうものなのか」
「うん」
 他の誰も代わりにはなれないのだから。
「俺は何故おまえを覚えていないんだろう」
 手塚は不思議そうに呟く。リョーマのことだけが抜け落ちているのが何故か。リョーマも不思議でならない。一番近しい存在だったはず。だが、こんなことになると、そう思っていたのが自分だけなのかと考えてしまいそうになる。
「前にも言ってましたよね、それ。ホント何で俺のことわかんないの?」
「一緒に写真に写っていたな」
「俺だけじゃないっスけど」
 思い出して欲しい。叫びたいのをこらえてリョーマは笑んだ。
「急がなくてもいいよ。ゆっくりでいいから」
「だが…」
 思い出そうとしてくれているのは嬉しい。アンタのたったひとりは俺だと言いたい。でも言えない。
 リョーマは渦巻く苦しさをどうすることも出来ずに、ただ見つめていた。
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