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□キスは焦げたパイの味がした
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バン! という不気味な爆発音に目が覚めた。部屋を飛び出し、キッチンに向かう。
オーブンから湯気が出ている。その前にはトレイに乗った黒い物体を手にする、六道の姿。すごく落ち込んでいるが、泣きたいのは俺の方だ。だって、ここは俺の家なんだぞ? 友人の六道、あ、目の前のコイツじゃなくて、黄葉ってヤツに頼みこまれておいてやってる居候――――、黄葉の兄に、どうして家を壊さなきゃならないんだ。
一瞬、追いだしてやろうかと思ったが、黄葉は家庭の事情でコイツと一緒に住むことはできないらしい。なら、一人で暮せって思うんだが、コイツの世間ずれっぷりと社会不適合者っぷりは半端ないので、きっと、いや絶対に無理だ。


「なにやってんだ」

「ああ、日向君」

「『ああ、日向君』じゃねぇよ」

「あっ、すごい、声真似うまい!」


ほら、この状況で呑気にこんなこと言いやがる。俺が面倒みてやらなきゃ、きっと野たれ死ぬ。それはさすがにと思うわけだ。友人の兄を見殺しにするほど、鬼じゃない。


「で、なにしてるわけ? ここのものには触るなって言ってあっただろ」

「そうなんだけど、テレビで美味しそうなパイの作り方をやってて」

「それで実行したわけ? 出来もしないのに? はぁー…、頼むから仕事を増やすなよ。パイが食べたいなら明日買って帰ってやるから」


面倒事を起こされるよりマシだ。……あれ、なんでそんな顔してんの? ここは喜ぶべきところだろうが。


「それじゃあ意味がないよ。俺が食べさせてあげたかったのに」


……え? なにこいつ、自分が作ったものを俺に食べさせたかったわけ。
ああ、もう面倒くさい。
もったいない、とか口にしながら焦げたパイを自ら消化している六道の首に手をまわした。引き寄せて口づける。


「その物体、そのまま食いたくないから、こうやってくれよ」

「……うん!」


しばらく呆気にとられた顔をしていた六道が、それはもう嬉しそうに微笑む。この顔に弱いってのは一生秘密だ。キスを繰り返しながら、そう思った。
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