仮面夫婦

□八 祭りへ
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 じゃぶじゃぶ

 ごしごし


 水音と布の擦れ合う音を響かせ、白くしなやかな腕と寝間着を濡らしている姫君は──テマリだった。

 時刻は深夜。

 静まり返った暗闇で不慣れな様にぎこちなく、それでも一生懸命に洗濯をする姿は、まるで似合わない。
 似合わないが故に怪しくも、子供の様な様子が可愛らしく見える。
 明るい所で見れば。

 つまりだ。


 深夜に、
 子供が自らの手で、
 真っ暗闇の風呂場で洗濯をしている事を、
 保護者が発見したら。


「………何やってるんですか」


 呆れつつも不審顔で問いかけ、にっこりと笑って


「取り敢えず、寝間着を着替えて下さい」


 ……と、問答無用で中止させるだろう。
 それに子供はいつだって、拒否権を持ってはいないのだった。









「洗濯物なら、出してくれれば良かったじゃないですか」

「…私が借りた物を、私が洗わないで如何するんだ」


 『真夜中の洗濯』の理由を問いただしたテンテンは、思わず呆れて頭を押さえた。
 聞けば、今日の『お忍び』で迷子になった時に、見知らぬ少年に上着を借りたらしい。
 そして名前も知らない少年にそれを返す為に、律儀にも自分の手で洗濯をして──借りた上着に穴を空けた、と。


「力一杯擦り過ぎです。あーあ、こんなに擦り切れちゃって……」


 知識でしか洗濯を知らなかったテマリは洗濯板の使い方も分からず、何処を如何使ったのか、……洗濯板まで欠けていた。
 こんな所で、テマリが正真正銘の深窓の姫君だと、確信したくはなかったが。

 テンテンの心情など全く気付かず、テマリがぽつりと呟いた。


「…テンテン、もう、直せないか……?」


 その穴はテマリの所為で、二度と直らないのだろうか?


 悲しそうに俯く年上の主人に、テンテンは思わず


(……叱られた子供みたいね)


 可愛い。


 テマリは可愛いよりも綺麗が似合う女性だが。
 そう思わせた。


「大丈夫ですよ。縫い直せばまた使えますから、私が──」

「私が縫う」


 キッパリとテマリが言った。
 それにきょとんと目を丸くすれば、ハッとした様に付け足した。


「……だから、裁縫を教えてくれ」


 ──学習能力付きの賢い姫君は、指を傷だらけにしながらも上着を縫いあげたのだった。




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