■最遊記■

□風よ、君へ。
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先程までの、でこか不思議そうな表情はどこかに消え去り、今その黄金色の瞳は、赤い木の葉一点に注がれている。
つい数分前まで、三蔵の肩に乗っていた赤い枯葉は、三蔵の手の中にちょこんと座っていた。

「わー」

悟空は、嬉しそうに笑いながら三蔵の掌の中の枯葉を見つめた。
その無邪気な笑顔に、三蔵はまた心臓が大きく高鳴るのを感じた。

「お前のだ」

「やったー」

三蔵の掌から小さな赤い枯葉を受け取ると、悟空はそれを大切そうに手に抱き、両手を高く上げて喜んだ。
まるで、赤い枯葉を胴上げしているようにも見えた。
じっとしていた身体は、まるで紐解いたように弾け飛び、再び赤い広く繋がる赤い絨毯の上を駆け回った。
大きな花が咲いたような笑顔を浮かべ、悟空は三蔵の方へ言葉を投げた。

「さっき口に触ったの、本当にこいつだったんだ」

悟空は、指先に赤い枯葉を持つと、人差し指と親指でくるくると裏、表と翻しながら楽しそうに言った。
三蔵は、その言葉に一瞬反応を遅らせながらも、小さく『ああ』とだけ応えた。
これ以上言葉を発したら、今自分の身体の中で激しく高鳴る鼓動に気づかれてしまう気がした。

「そっか」

小さな赤い枯葉を、悟空は両の手の平に乗せて、それを嬉しそうに見つめた。
栗色のやわらかい髪が、秋風で、少し揺れる。
悟空は、ほんの数秒赤い枯葉を満足げに見つめていると思うと、今度はそれを大切そうに手の中に包み込むと、それをそのまま三蔵の方へ突き出した。
小さな掌に乗った、赤い枯葉。
悟空は、またいつもの笑顔を浮かべて、それを両手を突き出して、三蔵に差し出している。
その悟空の行動に、思わず三蔵は不思議そうな顔をすうる。

「はいッ」

「…何だ」

「三蔵にあげる」

「…?」

それは当然の反応。
三蔵は、悟空が赤い枯葉が欲しくてあんなに必死になっていると思っていた。
なのに、やっとの思い出枯葉が手に入ったと思ったら、今度は悟空はそれを三蔵に差し出してきた。
それも、最初からそれが目的であったかの様な表情で。
不思議に不思議が重なる。
三蔵は、悟空の行動に首をかしげる。

「…これが欲しかったんじゃねぇのか?」

「うん、すっげー欲しかった」

三蔵の言葉に、悟空はすぐにそう言いきった。
益々意味が分からない。
あれほど必死になっていたのだ、悟空がどれだけこの枯葉を欲しがっていたなど、簡単に分かる。
それなのに、今その赤い枯葉は、三蔵に向けられていた。

「じゃァ…」

「三蔵にあげる為に欲しかったんだ」

三蔵のいいかけの言葉に被せるように、悟空ははっきりとそう言った。
そして、だらんとたれていた三蔵の右手を掴むと、その手の中に、赤い枯葉をそっと置いた。
悟空の体温に今まで触れていたその枯葉は、気のせいかもしれないが、とても温かみのある色に思えた。
悟空の言葉に、胸の奥が焼け焦げるように痛みを伴う。
鈍いような、鮮明のような。
どうして、ここまで一途なのか。
どうして、ここまで純粋なのか。
真っ直ぐすぎて、すぐにぶつかって躓く君だけど、やっぱりその笑顔は君の無敵の武器なんだ。
悟空は、楽しそうに言葉を続ける。

「地面に落ちないで掴めた枯葉を持ってると、願いが適うんだって」

楽しそうに、そういった。
まるで歌うように、そう言った。
こんな俺に『願い』があるとして、そんな俺の為にお前はあんなに必死になっていたのか。
俺の為に、お前はあんなに悔しそうな表情で両手いっぱい伸ばして、赤い枯葉を追いかけていてくれたのか。
今まで起きていた、悟空の行動の全ての発動源は、自分という存在だった。
その事実に、ただ胸が痛む。
この気持ちを知ってる。
名前くらいは知ってる。
でも、こんなに人を愛しいと思ったのは、お前が始めて。
こんなに一人の存在を独り占めしてしまいたいと願ったのは、お前が始めて。
湧き上がる喜びの中、三蔵は大切に手の中の赤い枯葉を指先で包み込んだ。

「三蔵のお願い事、適うと良いなー」

「…だといいな」

紅く紅く。
秋の空。
高い高い、秋の雲。
透明の秋風が辺りを吹き抜ければ、頬を撫ぜる風の冷たさにもうすぐやってくる冬を見る。
透き通る秋風が少し冷たいから、染まった木の葉は漣のように。
広がる空は海の様に底無しで。
それでも蒼くはないのは、あの空に浮かぶ夕陽の仕業。
落ち行く枯葉と、流れ行く季節。
大きな大きな夕陽が、まだ名残惜しげに世界を染める。
風が吹けば、時がまた揺れ動いた。
紅く、紅く染まった木の葉がまた一枚舞い降りた。
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